奥様は同級生
分岐部分






2.それでも我慢

「か、加奈……ちょい待ち」
 雄治は自分の全理性を振り絞って、加奈の身体を自分から引き離した。
 このまま続行すると、後で必ず後悔する。そんな予感がした。
「ぜはーっ」
 大きく息をつく。
「ゆー君……そんなに嫌?」
 その様子を見て、加奈は悲しそうな顔をした。
「嫌な訳ないだろ? そうじゃない。そうじゃなくてだな、これは俺達二人で決めたルールだろ? それを破っちゃったら、他のルールだって軽くなる。違うか?」
「そうだけど……んむっ?」
 雄治は自分の人差し指で加奈の唇を押さえた。
「明日」
「?」
 加奈はきょとんと目を瞬かせ、首を傾げた。
「加奈が満足するまでやってやるから、今日は我慢。俺も我慢。故に寝る。以上、オーケー?」
 加奈はしばし思案し、
「明日なら、ちゃんとしてくれるんだね?」
 拗ねるような、ねだるような表情で尋ねてきたので、雄治は思わず苦笑した。
「俺が今まで約束を破った事があるか?」
「最低三回だよ?」
「へえ、たった三回でいいのか?」
「……」
 加奈は無言で雄治の乱れた着衣を整え始めた。
 そして、ばふっと雄治の胸に飛び込むと、雄治だけにしか見せない笑顔で見上げてきた。
「えへへ、おやすみなさーい……♪」
「をう、おやすみ」
 雄治が軽く唇にキスすると、加奈はすぐに寝息を立て始めた。
「んじゃ……俺も寝るか……」
 雄治は加奈の髪の毛を撫でながら、ゆっくりと眠りの世界に落ちて行った。

 雨の音で雄治は薄ぼんやりと目を覚ました。
 カーテンの向こうはわずかに明るい。もう、朝のようだった。
 時計を確認すると、六時二十五分。
 目覚ましのなる五分前という理想的な時間だった。
 そーいえば、一昨日も雨だったな、と雄治は思い出した。
 そろそろ梅雨の時期だもんな。
「すぅ……すぅ……」
 雄治は自分の胸の中で気持ち良さそうに眠っている加奈をそっと脇に退けて、ベッドから出た。
 玄関で傘を取り、郵便受けの新聞を取る。カタン、と郵便受けの蓋が落ちる音が響いた。
 カタン。
「ん?」
 横で鳴った似たような音に、雄治は隣の家を見た。高科家も隣の家も垣根が低く、お互いの芝生は見え放題なのだ。お互いの行き来も頻繁で、面倒な時などは玄関を使用せず、ダイレクトに垣根を越えて縁側から侵入したりする。
「んむぅ〜……」
 二十代前半の若い女性が、雄治と同じように郵便受けから新聞を取っていた。ずれた眼鏡の下の眠気まなこをしきりに擦っている。
 長い髪は寝癖のためか所々跳ね、どこか間の抜けた印象を与えていた。
「のどか姉ちゃん、おはよ」
 雄治が新聞を片手に上げて声を掛けると、その女性は雄治の方を振り向いた。
「あ、雄治君、おはよ〜……」
 雄治と加奈、共通の幼馴染みとなる相馬のどか(そうま のどか)はおっとりと頭を下げた。
 その拍子に、郵便受けにのどかの頭が激突する。
 ごん、といい音が雄治の耳にまで届いた。
「いたたたた……」
 本当に痛いのかよく分からないが、のどかは眠たそうな顔のまま、自分の頭をさすった。完全に、とまではいかないまでも、半分ぐらいまだ夢うつつの中にいるようだった。
「……ね、眠そうだね」
「ん〜……でも、お仕事あるから〜」
「今度は寝惚けて、お茶の入ったやかんにインスタントコーヒー丸ごと一瓶入れるような真似はしないでよ。夕奈から聞いたけど」
 のどかは、すぐ近所にある緑ケ丘幼稚園に勤務する保母だ。故に、そこに通う二人の娘、夕奈はのどかの事を「のどかせんせー」と呼んでいた。
 雄治と加奈の関係を知る、数少ない協力者の一人だ。
「傘差したままこうしてると風邪引くし、そろそろ戻るわね〜」
「あ、うん」
「それじゃ、また後で〜……」
 のどかはふらふらと自分の家に戻って行った。
 人の事は言えないが、よくまあ、この調子で遅刻しないものだなぁ、と雄治はいつも呆れる。まったく、(相馬紀行/そうま のりゆき)という亭主がいないと心許ない事甚だしい。
 昔からのどかは二人の姉代わりとして振舞ってくれているが、時々どちらが保護者なのか分からなくなる事がある。
「紀行兄ちゃん、さっさと戻って来てくれればいいのに……」
 ボソッと呟き、雄治も家の中に戻る事にした。

「紀行兄ちゃんなら、今、チベットの辺りだって」
 加奈は牛乳多めのコーヒーを啜りながら、雄治に答えた。既に、緑乃森学園の夏服に着替え終えている。
「牧場で働きながら、旅費を稼いでるみたい。後一ヶ月ぐらいで戻ってくるって。……夕奈、チョコレート、付け過ぎだよ?」
 加奈は、自分の横でトースターにチョコレートを塗りたくる夕奈を注意した。
 夕奈のそれは、『塗る』というより『積み重ねる』と形容した方が正しいような塗り方になっていた。トースターの上のチョコレートがこんもりと盛り上がっていた。
「ぁうっ、食べれるよー」
「食べれても、こんなに付けちゃ、ブタになるわよ。という訳で、半分頂きっ」
 加奈は自分のパンの切れ端で、暴れる夕奈のトースター上のチョコレートを掬い取った。
「あ、おかーさん、ずるいーっ!」
「ふっふっふー。油断したがうぬの失策よのっとか言ってみたりして♪」
 何だかなー……とまるで姉妹のような妻と娘のやり取りを眺めつつ、雄治は制服の上から着けていたエプロンを外した。
 席に着き、自分も朝食を採り始める。
「紀行兄ちゃんの事、のどか姉ちゃんから聞いたのか?」
「うん。昨日、メールが届いたんだって」
「ったく、いくら紀行作家だからって一年の三分の二以上を留守にする事もないだろうに」
 雄治の言葉に、加奈も苦笑を漏らす。
「せっかくの新婚さんなのにね」
「ねー」
 夕奈も分かっているのかどうか分からないが、加奈に相槌を打つ。
「お前ならどうする、加奈?」
 カレンダーを見ながら、ふと思いついて雄治は尋ねてみた。
「はえ?」
 加奈は首を傾げた。雄治は言葉を続ける。
「いや、旦那が――この場合、俺だけど――仕事で、どっか外国に行ってるとしたら? やっぱ、のどか姉ちゃんみたいにぽ〜っと待ってるか?」
「ううん」
 加奈は首を振りながら、微笑んだ。
「一緒に行くに決まってるじゃない」
 加奈に同調して、夕奈も手を上げる。
「わたしもー!」
「ふむ」
 雄治はポリ、と頭を掻いた。
 まあ、予想していた答えだった。
 単なる確認に過ぎないし、もとより雄治は一人旅をするつもりなどなかった。
 実は、海外とは言わないまでも、夏休みにどこか旅行には出掛けたいな、と思っていた雄治だった。
 何せこの近辺では、いつ知り合いに会うか分からない。いつもやや離れた場所まで出掛けて気を配らなければならないのだ。
 文字通り、家族水入らずというのも悪くないだろう。もっとも、その為には先立つ物が必要ではあるが。
「もちょっと、バイト頑張るかねー……」
 などと言った事を、雄治はボソリと呟いた。

「じゃ、行ってきまーす」
 加奈が家を出るのを見送りしばらく、雄治も学校に出掛ける準備をした。
「夕奈、準備出来たか?」
「うん!」
 試験期間中は普段より始業時間が遅い。雨だし、自転車の後部座席に乗せるよりも歩いて行った方がいいだろう。
 そう判断した雄治は、夕奈の手を引いて家を出た。
 徒歩五分で緑ヶ丘幼稚園に着く。
「おはよう、雄治君、夕奈ちゃん」
 晴れている時なら箒を持っているのどかなのだが、雨の日に掃除をしているはずもなく、彼女は傘を差した状態で二人を出迎えた。さすがにもう、寝惚けてはいないようだった。
「おはよーさん、のどか姉ちゃん。さっきも言ったけど」
「せんせー、おはよー」
「うん。雄治君、試験、今日で最後でしょ? 頑張ってねー」
「ま、落第しない程度に頑張りますよ」
 手をひらひら振って、雄治は一旦家に戻った。
 バス通学の加奈とは違い、雄治は自転車通学だ。
 しかし、この雨では自転車は使えそうになかった。
 ちょっと急いで雄治は学校に向かう事にした。

「おはよーさん……っと。大入りですな」
 のんびり挨拶をしながら教室に入ると、クラスのほとんどが既に埋まっていた。
 さすが試験最終日、と雄治は心の中で呟いた。
 加奈の後ろを通り掛かる。
「おはよーさん、委員長」
 加奈はノートから目を離し、ごく自然に振り返った。にっこりと微笑む。
「おはよう、高科君」
 別にこれは相手が雄治に限った事ではない。加奈は大抵の人間に、素で愛想が良かった。
 無論、二人の仲は内緒なので、『高科君』と他人行儀な呼び方となるが。
 加奈にしても、ここでは本来の姓『(若林/わかばやし)加奈』で呼ばれている。もっとも、雄治は『委員長』と呼んでいるが。
「試験の調子はどう?」
「んー……普通だよ。高科君の方はどう?」
「まあまあ。いつも通り」
 実は勉強振りなどお互い全部知っていたが、一見ごく当たり前の会話を演じる。
 雄治の『いつも通り』は、あまりよろしくない。本音を言えば、もっといい点を取れるのだが、学校ではあまり加奈との接点は作りたくないのだ。
「そう。頑張ってね」
「そっちもな」
「うん。試験中に寝ちゃ駄目だよ」
「……いや、さすがにそれはないと思うけどな」
 このクラスでは『爆睡王』の異名を取る雄治だ。本当にそれぐらいの事はしかねないキャラクターではある。いや、これは演技では無く。
「んじゃ……俺は適当に頑張るわ」
 雄治は手をひらひら振りながら、自分の席に向かった。
「今日で最後だしね」
 加奈は『最後』という所をかなり強調した。
「はいはい、分かっておりますよ」
 この場合の返事は、二重の意味があるのは言うまでもなかった。

 試験自体は滞り無く進んだ。
 最初二時間の試験は英語と数学とだったが、雄治はどちらも40点台を狙ってテストに挑んだ。試験後に教科書と照らし合わせると概ね順調、適当なところで間違っていた。
 机に覆い被さるように突っ伏しながら、一休みするように目を瞑る。
 残るは化学のテストのみ。
 加奈と女友達のやり取りが耳に入ってきた。
「加奈ー、試験どうだった?」
「んー、そこそこだよ」
「ああ、ようするに80点は堅い、と」
「うっ……だ、誰もそんな事言ってないよぉ」
「これまでの経験よ。加奈、問1の答えどうだったっけ?」
「え? X=5じゃないの?」
「なるほど、正解は5、と。んじゃ次、問2だけど」
「あの……私の答えを模範解答にしないで欲しいんだけど」
「いーのよ。大体合ってるはずだから。あ、そうそう。今日で試験お終いだし、どっか遊びに行かない?」
「え? あ、うーんと、ごめんね。ちょっと用事があるから今日はパス。明日ならいいんだけど」
「ん、やっぱりそう言うと思ったわ。分かった。それじゃ、明日ね」
「うん……って、どうして『やっぱり』?」
「だって、加奈っていっつも試験の最終日は付き合ってくれないんだもん。あれ? ひょっとして気付いてなかった?」
 ガクッ!
「どーしたのよ、高科。いきなり椅子からずり落ちたりして?」
 加奈の友人、(結城未来/ゆうき みく)が怪訝そうな顔をした。栗色のショートカットの、勝気そうな少女だ。
「……いや、別に」
 雄治はのろのろと、自分の席に座り直した。額を押さえながら、軽く呻く。
 ……そっかー、パターン化してたか。
「どーせ寝惚けてたんでしょ。ったく、試験中に居眠りしてて、答案用紙白紙だったりしたら笑うわよ」
「あー、ゆーきちゃんに言われるまでもないって。そこそこ出来てるよ」
 雄治は手をひらひら振りながら答えた。
「あんたの場合のそこそこは、良くて50点台なのよね。加奈とはえらい差だわ」
「確かにその通りでありますよ……これでも真面目にやってるんだけどね」
 ぽてん、と机に突っ伏す雄治。
 それを見て、加奈がくすっと笑った。
 ちなみに家では雄治の方が、加奈に勉強を教える事の方が多かったりする。
「……楽しそーね、加奈」
「え? そ、そうかな?」
「うん。いつもより、何だかやたらと機嫌よさそうに見えるわ。どーもあやしいわね」
「な、何が?」
「ひょっとしてさー……試験明けの用事って誰かとデートだったりして」
 ガタッ!
 雄治ではない。教室の男子達の何人かが立ち上がった音だった。
 加奈の人気はかなり高く、2年B組の双璧とも呼ばれている。なお、双璧のもう一方は『保健室の君』こと(野々村文/ののむら ふみ)で、加奈が動なら文は静とも言われているお淑やかな少女だ。
「しかし……本当の事がバレたら、殺されるな俺」
 慌てて未来の言葉を否定する加奈の声を聞き流しながら、雄治はボソリと呟いた。

 最後の試験終了のチャイムが鳴った。
 化学の先生が回収した答案用紙をまとめると、教室を出て行く。
 ほぼ同時に、
「終わったー!」
 クラスのあちこちで解放感溢れる叫び声が上がった。
「どこ遊びに行く?」
「あー、やっと眠れるー」
「それじゃ、予定通りカラオケ行くか」
「はぁっ……今日から部活かぁ……」
 しかし、浮かれるクラスメイトを締めるべく、加奈は立ち上がって軽く二度手を叩いた。
「みんなー、先生が来てホームルーム終わるまで、もうちょっと待ってねー」
 普段の学校では、加奈はしっかり者で頼れる存在としてみんなから慕われている。無論、雄治を相手にしてもその聡明ぶりは変わらない。
 が、その反動かどうかは知らないが、雄治と二人っきりになると途端に『甘えモード』に突入するのだ。普段一緒に行動できない分を無意識に取り戻そうとしているんだろうな、と雄治は解釈している。しかし、どーも精神年齢まで少々下がっているように思えるのは、雄治の気のせいだろうか。
 ともあれ、加奈の発言に効果があるのは確かだった。
 それもそうだな、とわずかに生徒達は収まった。
 もっとも、浮き足立つムード自体は変わらないが。それに関しては、雄治や加奈だって同じだった。それが表に出ないだけの話だ。
 やがて、教室に担任の(武田千佳/たけだ ちか)が入ってきた。二十代前半、のどかと同じ年頃の若い英語教師だ。どちらかというと子供っぽい顔立ちで、下手をすると同級生、いや生徒よりも幼く見える場合もある。
 彼女は教壇に立つと開口一番、
「ごめん、みんなちょっと聞いて。……残念なお知らせがあるわ」
 とても不吉な事を言った。
 千佳は真剣な表情で教室の生徒達を眺め回した。
 そして、軽く頷く。
「みんな、中間試験の修羅場脱出おめでとう。そして実力テストの地獄が門を開いて待ってるわ」
『……はぁっ!?』
 驚くべき事に。
 その声は2年B組だけでなく、全クラスで一斉唱和された。これほどの一体感を持ったのは、文化祭や体育祭でもなかった事だろう。
「試験は五教科全部よ。試験範囲は中間と一緒。あたしもさっき聞いたばかりで驚いてる」
 当然ながら、教室はブーイングの嵐に包まれた。
「あ、あ、あのっ! 先生っ!」
 加奈が立ちあがって挙手した。
「何、若林さん!? あーもー、静かにしてよ、みんな!」
「試験の実施日って……い、いつなんですか!?」
「実施日は一週間後よ! えーい、みんな静まれ! あたしにブーイングしたって駄目でしょうが! 文句あるんだったら理事長なり校長なりに直接抗議するか、生徒会の目安箱にでも不満を書いて入れときなさい!」
 加奈はペタン、と自分の席に座り込んだ。
「い、一週間後……? それってつまり……」
 加奈にとどめを刺すように、千佳は言葉を続けた。
「本日より試験実施日までを試験期間にするのでよろしくっ!」
 やっぱりそういう事だよなぁ……雄治は机に突っ伏しながら呻いた。
「以上、本日のホームルームお終い! みんな、ご苦労様、そして頑張って! じゃ、あたしはこれで!」
 千佳は毅然と、その実かなりの早足で教室を出て行った。

 教室に人気が少なくなったのを見計らって、雄治は教室を出た。
「どうするかな……」
 廊下を歩きながら考える。家で加奈は待っているだろうか。
 いくらルールとはいえ、かれこれ二週間我慢してきて、昨日あんな事があった直後だ。加奈も自分も限界に来ていた。
「ま……いくらなんでも、これ以上耐えるのは偽善ってもんだよな……」
 よし、今日は加奈が満足するまで、何度でも抱いてやる事にしよう。いやしかし、向こうがもういいと言っても、こっちが止まらないかもしれないけど。
 などと、不埒だが本人達にとってはいたって真剣な今後の行動に、雄治が頭を悩ませていた、その時だった。
 ぐいっ!
「おぉっ!?」
 急に後ろから、何者かが雄治の腕を取った。
「ゆー君、ちょっと」
「い、委員長!?」
 襲撃者の正体は、加奈だった。加奈は雄治を見上げ、唇を尖らせた。
「委員長じゃなくて、加奈。ちゃんと名前で呼んでよ」
 加奈は雄治の腕を強引に取ったまま、早足で歩き始めた。
「お、おいっ、ひ、人に見られたらどうするんだよ!?」
「その時はその時でごまかすもん」
 怖いぐらいに落ち付いた加奈の声音に、雄治は顔を引きつらせた。
 いかん、これはかなりキテいる。
 逆らう気も起こらず、雄治は仕方なく加奈に引っ張られるまま後をついていった。
 誰か見ている人間がいないかどうかと気が気でなかったが、あまり無闇にきょろきょろしていても却って不審がられる。
 通用口から渡り廊下を経て、体育館に着いた。
「体育館? どうして、こんな所に?」
 しかも、加奈は正面入口ではなく、裏口を使おうとしていた。雨が掛からない、ギリギリの軒下を二人で歩く。
 確か裏口は、錆び付いていて開かないと言われている扉だ。だが、二人はここを開けるコツが、実は存在するのを知っていた。
 加奈は扉の前に立つと、ノブを手に持ち押し上げた。
 そのまま前に押すと、扉はきしんだ音を立てながら開いた。
「さ、入ろ」
 さすがに雄治も、ここまで来て加奈の目的が何なのか分からない鈍い人間ではない。
「しかし……まずいんじゃないか?」
「大丈夫だよ。試験期間中は部活無いから。それに奥の舞台袖なら、誰か入ってきても隠れる時間あるし」
 なるほど、ごもっとも。
 しかし。
「家に帰ってから、ちゃんとしてやろうと思ったのに……」
「んー……多分ゆー君ならそう言ってくれるだろうなって思ってたけど」
 加奈は雄治に振り返って、困った笑みを浮かべた。
「やっぱ駄目。もお、待てないもん」
 加奈に手を引かれ、雄治も体育館へ入って行く。
 しばらくして。
 ガチャリ、と鍵の掛かる音がした。

 演劇部の部室としても使われている体育館の舞台袖には、台本や衣装が所狭しと飾られていた。
 頻繁に掃除している為か、想像以上に清潔だった。
「念の為、こっちも鍵掛けとくか?」
 雄治は入口の扉を指差した。
「うん。まあ……舞台からダイレクトに入られたら、意味ないんだけどね」
 確かにそうだよなー……と、雄治もチラッと舞台の方を見た。
 そう考えると、この扉は果たして意味があるのかどうか、ちょっと首を捻るところだった。が、鍵の有効性はとりあえず置いておいて、雄治はシリンダー錠のボタンを押した。
 さて、と。
 するとなったら、雄治の行動は早い。
 雄治は大き目の机の上に置かれた台本やノートを手早くまとめると、パイプ椅子の上に置いた。ベッドにしては少々堅いが、仕方が無いだろう。
「それじゃ、お姫様はここに……と」
「え……きゃあっ!?」
 雄治は加奈を抱きかかえると、抗議する暇も与えずちょこんと机の端に座らせた。
「ああ、びっくりした……」
「悪い。でも、立ったままする訳にもいかないだろ?」
「う、うん……ちょっと辛いかも。あ、体育用具室の方が良かったかな。マットあるし」
「でも、あっちは埃っぽいからなぁ。第一、逃げ場がないだろ?」
 雄治が言うと、加奈はくすっと笑った。
「それもそうだね。でも、こっちの逃げ場って?」
「いざとなったら、上に隠れる」
 雄治はチラッと、舞台照明用の足場へ通じる梯子に視線をやった。
「まあ、その時はどっちかだけ登ればいいさ。一人なら、何とかごまかしも利くしな」
「ん……分かった。それじゃ、そろそろ……」
「ああ。まずは……どこがいい?」
「もぉっ……知ってるくせに」
 加奈は軽く雄治を睨むと、目を閉じてあごを小さく上げた。
 雄治はそっと、加奈の唇に口付ける。
「ん……」
 加奈の鼻息が雄治の顔をくすぐる。
 最初は軽く重ね合うだけだったが、頃合を見計らい、舌先で加奈の唇をつつく。
「んぅ……」
 加奈が軽く唇を開くと、雄治の舌がゆっくりと加奈の口内に侵入を果たした。
 加奈は腕を伸ばして、雄治の首に絡めた。
 雄治もそれに逆らわず、加奈に身を預けるようにして自身は口戯に没頭する。
「んっ……んぅ……ん……ふぅ‥‥」
 ここ二週間の禁欲生活のためか、いつもに比べて加奈は積極的だった。雄治に任せるだけでなく、自分からも雄治の舌を求めてくる。
 雄治はそれに応えながら、優しく加奈の長い黒髪を撫で始める。
「くぅ……ん……」
 甘えるような声を上げながら、雄治にギュッとしがみついて来る加奈。
 ちょっと動きづらいけど……ま、いいか。
 そんな事を考えながら、雄治はもう一方の手で加奈のブラウスのボタンを器用に外していった。幸いフロントホックだったのでブラも外すと、これまで布地に包まれていた豊かな胸が、ぷるんと揺れながらまろび出る。
 雄治は加奈から少し顔を離して、その、服のはだけた姿を眺めた。
「何か……すごくえっちぃ格好だよな、今の加奈って」
「う……わ、私のせいじゃないじゃない」
 それはそうだが……。
 下はスカートから白いソックスや上履きまで普段のまま。
 それに対し、ブラウスの上だけをはだけさせて裸体を晒している今の加奈の姿は、雄治の情欲を掻き立てるには充分過ぎるほど扇情的だった。
「んっ……!」
 手で素肌を撫でると、加奈の身体がピクッと反応した。
 湿度が高いせいか、それとも感度が高まっているせいなのか、加奈の身体はうっすらと汗ばんでいる。そのまま雄治は首筋に舌を這わせた。
「キスマークは駄目だったよなー……確か」
「な、夏服だもん。駄目だよ……んっ……ふあぁっ!」
 首筋からうなじ、耳元へと雄治の舌が徐々に昇って行く。
「や……み、耳は、だ、駄目だよ……」
 背筋を経由して下腹部に熱い物がじわりと溢れて来るのを感じながら、加奈は恐る恐る、雄治に抗議した。
 雄治はチラッと加奈を見て、ニッと微笑んだ。
 それを見て、加奈も一瞬ホッとした。
 が、甘かった。
「却下♪」
 雄治は加奈の耳元で囁くと、その耳の裏をチロッと舐めた。
「んっ、ふああぁぁっ……あっ……ああっ……!」
「誰もいないからって、声が大き過ぎるぞ、加奈」
「だ、だって、ゆー君、私が耳弱いの知ってるくせに……」
 知ってるから攻めてるんだがなぁ……。
 涙目で抗議する加奈がどうしようもなく愛しくて、雄治はついつい調子に乗ってしまう。
 胸を揉みしだきながら、耳朶を甘噛みし、耳の穴へ息を吹き込むと、加奈の身体は自分の意思とは無関係に小刻みに震えた。
「ふぁっ……あ、あっ……ゃぁっ……ち、力抜けちゃうよぉ……」
 雄治は髪を撫でていた手で背中を支えながら、加奈を机に横たえさせた。
「あっ……」
「こっちの方が楽だろ?」
「う、うん……えと、耳よりも、キスの方がいいな……気持ちはいいんだけど、刺激が強すぎて訳分からなくなっちゃうもん」
「了解。他にご要望は?」
「ある事はあるけど……今はまだいいよ」
 言って、加奈は目を瞑った。
 雄治は加奈と口付けを交わしながら、自分も机に上体を預けるような態勢を取る。
 ……なんかこれって、無理やり押し倒してるみたいだなー。
 チラッとそんな事を考えながら、胸を揉んでいる方の手の指で加奈の乳首を愛撫する。
「ふぅっ……ん……んぅ……ん、んふぁっ!」
 硬く尖った敏感な箇所を攻められ加奈は鼻息を荒げるが、唇を塞がれていてはどうにもならない。その快感から逃れるためか、加奈の舌がより積極的に雄治を求めてくる。
「ぅん……ん……んーっ……んぁ……んくっ……」
 そろそろ……かな。
 雄治は手をずらし、下半身へと移動させた。布地越しにでも、加奈の中心部が熱く湿っているのが分かった。
 軽く指を押すと、じわりと布地から愛液が溢れ出し雄治の指を濡らす。
「加奈……すごく濡れてる」
「う、うん……だって、久しぶりだもん……」
「でも、このままだとスカートが、皺どころじゃなくなるな。ちょっと脱がせるから腰を上げてくれるか?」
「ん……こ、こう……?」
 加奈は机の端に足を掛け、クっと腰を持ち上げた。
「ん……それでいい」
 雄治は加奈のスカートのジッパーを引き下ろすと、愛液に汚れた下着もまとめて脱がせた。
 すると、M字に開かれた足の付け根の、ピンク色に濡れそぼった花芯が露わになった。
「あ、や、やだっ……!」
 自分がいかに恥ずかしい格好をしているかを悟った加奈が慌てて太股を閉じようとするが、雄治は身体を割り込ませてそれを阻止した。
「駄目。もっとよく、加奈の見せて」
「う……で、でも、すごく恥ずかしいよ……これ」
「そりゃ知ってる。で、知った上で言ってるんだよ、俺は」
 その気になれば、雄治が無理やり開かせる事だって出来る。もっとも、それはあくまで仮定の話に過ぎなかった。加奈が本気で嫌がる事を、雄治がする筈がない。それは加奈自身が一番よく分かっている事だった。何故なら、立場を入れ替えれば、それは加奈自身にも言える事なのだから。
「じゃ、じゃあ……開くよ……」
 羞恥心を堪えながら、加奈はおずおずと足を開いていった。無意識に左の拳を口に当てて、声が出るのをふさいでしまう。
 開かれた加奈の太股に、雄治の手が添えられる。
 目を瞑っているにも関わらず、雄治の視線がそこに集中しているのが分かった。
「あ、あんまり見ないでよぉ……」
 恥ずかしさの余り、目に涙をたたえながら加奈は雄治に抗議した。
 もう幾度となく見られているにも関わらず、加奈はいまだにそれに慣れる事が出来ない。だが、決して嫌な訳ではない。ただ、見られているだけで感じてしまう自分を雄治に知られるのが、ひどく恥ずかしいのだ。今も、自分の最奥から熱い液体が滾々と湧き出るのが分かっているのに、それを止める事が出来ない。
 無論、その光景は雄治もしっかりと見ていた。何百、いや何千回と貫き、おまけに子供まで一人産んでいる筈なのに、加奈のそこはいまだに初々しさを残している。
 雄治はためらいもなくそこに口付けると、舌で浅く秘唇を舐め上げた。
「んぅっ……」
 加奈が軽く身悶えるが、雄治が手で下半身を固定している為、動きに支障はない。
 雄治は周囲の愛液を清めるように舌先で舐め取っていくが、加奈の蜜液は絶え間なく溢れ出てきて留まるところを知らない。その量は、会陰からお尻を伝って机の上に小さな水溜りが出来るほどだった。
「声出してもいいぞ、加奈……」
 あんまり大きすぎると困るけど、と雄治は心の中で注釈を付け加える。
「んっ、あっ、う、うん……あ、あ、ああっ!」
 雄治の舌が、秘処の上部に息づく敏感な突起に触れると、加奈の身体がビクンッと跳ねた。しかし雄治は構わず、淫核と秘処を攻め続ける。
 もうほとんど力の入っていない足をさらに広げ、加奈の恥ずかしい箇所に舌を深く差し入れていく。口内に加奈の淫水が流れ込んでくるが、気にせず啜りつつ、肉襞をこするように舌での愛撫を繰り返した。
「はっ……あっ……あぁっ……ゆ、ゆー君……ごめんねっ……わ、私、私、もおっ……」
 加奈の声が徐々に高くなってくる。
 それにつれて、徐々に加奈の内部の締め付けがきつくなり始めるのが、雄治の舌を通じて伝わってきた。
 雄治は一旦舌での愛撫を中断し、顔を秘唇から離す。
「いいさ、二週間ぶりだもんな……それじゃ一回、先に加奈がイっていいから
「う、うん……は……ごめんね……あ、あぁっ!」
 雄治の指が二本入り込んで来る感触に、加奈はたまらず背を仰け反らせた。堪えようとしても、自身の内部でバラバラに動く二本の指が与えてくる快感の波に意識が翻弄され、加奈には成す術がなかった。
 雄治の指が前後するたびに、自分の股間から漏れる淫らな水音が加奈の耳にまで響く。だがそれすらも、もはや今の加奈にとっては快感を高めるスパイスにしかならなかった。
「ゆー君……ゆーくぅんっ……!」
 意識がどんどん高みに昇っていく。名前を呼ぶ事で存在を確認するように、加奈はひたすら愛する人の名を呼び続けた。
 その呼び掛けに応える為、雄治は指を加奈の中に挿入したまま、上体を加奈に覆い被せた。
 加奈は快楽に朦朧とした瞳の中で雄治の顔を確認すると、安堵したような笑みを浮かべた。雄治の白いシャツにギュッとしがみつき、「ゆー君……」と小さく呟く。
「加奈……」
 呼び掛けるだけで通じた。どちらからともなく、唇を重ね合う。
「んっ、んぅっ、んくっ、んんっ!」
 激しく舌を絡ませ合いながら、ついに加奈の限界が訪れた。
「……っ!!」
 雄治は急速に締め付けを開始した膣内に、根元まで指を埋め込みながら、親指で敏感な突起を擦り上げた。
「っ……ぁっ……ぁぁっ……あ、あ、ふあああぁぁぁーーーっ!!」
 加奈はたまらず雄治から顔を離し、身体を仰け反らせながら絶頂を迎えた。津波のような快感の奔流が次々と加奈に襲い掛かる。
「は……あ……あぁ……はぁっ……」
 息を喘がせながらも、自分にしがみついて決して離れようとしない加奈が、雄治はどうしようもなく愛しかった。
 当然のように、絶頂の余韻に震える加奈を雄治も抱き締める。
「ん……ゆー君……気持ち良かったよ」
 加奈も嬉しそうな声で、雄治の身体に自分の腕を回して抱き付いてきた。

 しばらく二人は抱き合ったまま、机に横たわっていた。
「ね……ゆー君……」
「あ……悪い。ひょっとして重いか?」
 雄治は慌てて身体を起こそうとしたが、加奈は雄治にしがみついたまま首を振った。
「ううん、そうじゃなくて……ええと……お口でしたげたいかな、とか思ってるんだけど……どうする?」
「口? お前から言い出すなんて、珍しいな」
 加奈は恥ずかしそうにしながらも、言葉を続けた。
「だ、だって……いつも言ってるじゃない。私だけ気持ちよくなるなんて嫌だもん。だから、今度はゆー君が気持ちよくなる番かなって……」
「そうだな……」

1.一緒に気持ちよくなるって言うんなら……
2.じゃあ、お願いするか


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