しずか忍法帖






 北条総二の目の前で、ある光景が繰り広げられている。
 場所はホテルの四十五階。
 ベッドの上にいるのは一組の男女。
 覆い被さっているのは、タオルを腰に巻きつけただけのでっぷり太った中年男。
 そして押さえ込まれているのは、巫女装束の少女。長い髪を後ろで一つに束ねている。外見を見る限り、まだまだ幼かった。
 ちなみに、どう見ても女の子は嫌がっている。
 そして総二は窓からそれを見ている。
 何? さっき、四十五階って言った? 当然だ、総二は壁を登って来たんだから。
 総二にとっては幸いだった。
 もし総二が別の任務遂行中なら、こんな光景は見過ごしてしまう所だが、今回侵入しなければならなかったのはここだったのだ。
「い、嫌ぁ……だ、誰か……」
 中年男の背中越しにそんな声が聞こえた。
 総二の鼻に甘ったるい香の臭いがした。
 女性用の媚薬らしい。
 少女が嫌がりながらも、動けないのはその為だろう。
「ひひ……騒いだって無駄だ。誰も助けてはくれんよ」
 そうかい。
 総二は男の背後に立つと、首をへし折った。


「……かっ」
 おじさんが急に白目を剥いた。
「……っ!」
 その顔が怖くて、思わず巫女装束の少女――音羽静花(おとわ しずか)は小さく悲鳴を上げてしまった。
「……」
 そして、おじさんは白目を剥いたまま、不自然に後ろに倒れて行った。
 天井の蛍光灯が眩しくて、目を細めてしまう。
 おじさんの後ろから現れたのは、黒ずくめの男だった。
 年齢不詳、分かるのは、静花の通う学校の担任と同じぐらい若いという事ぐらい。
 黒ずくめとは言っても、ごく普通のジャケットにスラックスだ。このまま近所のコンビニに行っても違和感のない服装。
「音羽静花だな?」
「は、はい」
 静花は自分のはだけた衣を直そうとしたが、身体が痺れたように動けなかった。
「助けに来た」
 その男は、それだけを言った。


 総二は静花を抱えながら、エレベーターよりも早くロープを下り切ると、ホテルゲートの天井から民家の屋根まで一息に跳躍した。
 背後で時折、カッ、カッ、と音が鳴った。おそらく苦無だろう。ナイフ代わりにもなる手裏剣である。
 反応が早い、と総二は内心で呟いた。
 総二の腕の中で、静花は苦しそうに息を荒げていた。
「はぁっ……はぁっ……」
「大丈夫か?」
「……はぁ……はい……」
 静花はコクンと頷いた。
 脱出のさいに経絡のツボを押さえておいたので、まだ多少は長持ちするだろうが、このままではまずい。
 なによりまずいのは、中年男の警護に就いていたのが、総二の同業者だったという事だ。
 正面に、周り込んだ敵が二人。
 二人とも、刀を抜いた。
 総二は足元の屋根瓦を、敵に向けて蹴り飛ばした。
 相手は難無く瓦を刀で弾いた。
 が、その間を稼いだだけで、総二には充分だった。
 二人の間に割り込んだ総二は屋根瓦に手を叩きつけた。
「噴っ!」
 総二達を中心に巻き起こった乱風が、瓦もろとも敵忍達を吹き飛ばした。


「はぁ……」
 静花と男は、小さな神社の裏に腰を落ちつけた。
 静花は、手渡された清涼飲料水を飲みながら、男の様子を伺った。
 身体の火照りは収まっている。
「あくまで一時的なものだ」
 そう、男は言っていた。
 って事は、また……。
 静花は自分の顔が赤らむのが分かった。
 ど、どうしよう……。
 あ、でも、それよりも今は目前の危険の方が問題かもしれない。
 それに、自分の隣でスポーツ飲料を飲んでいるこの人は。
「あ、あの……」
 静花は男を見上げた。
「……」
 男は静花を見下ろした。
「あなたは、何者なんですか?」
「君を助けに来た」
 それは知ってる。
「でも、どうしてですか?」
「俺は逃がし屋という商売をしている」
「逃がし屋……さん?」
「さんはいらない」
「あ、はい」
「依頼主は君の一族だ。俺は雇われただけだから、それ以上は知らないし、知っていても話す訳にはいかない」
「そう……ですか」
 滝峰の一族。それが、彼女の身体に流れる血の一族の名だった。
 自然と、ため息が出た。
「元気がないな」
 男は相変わらず、無表情だった。だが、どこか意外そうな顔をしているのが、静花には分かった。
「帰っても……あまり嬉しい事なんてないですから」
「……」
「住んでる所ではきびしい規則や慣例があるし、学校でも付き合う友達は制限されるし……私の自由なんて無いんです」
「……」
 男が黙っているのをいい事に、静花は言葉を続けた。今まで、誰も聞いてくれなかった思いを男にぶつけていた。
「おまけに今度、婚約させられるそうです。ええと、本家でも最高の資質を持った人で名前は確か……新一さん」
「……」
「助けてくれて、ありがとうございます。ホッとしたのも事実です。でも、正直あまり嬉しくないです」
「……」
「どうせまた、檻の中だし……」
「俺は、依頼された仕事をこなすだけだ」
「……」
 静花は自分の足元を見つめた。多分、自分は落ちこんでいるのだろう。
「諦めるな」
「……え?」
 静花は顔を上げた。
 男は静花の目を見ながら、さらに言葉を続ける。
「自分だけ不幸だと思うのはやめておけ。世の中には、産まれてすぐ生死の選択を迫られる者もいれば、単なる捨て駒として育てられる者もいる。自分が不幸だと思うなら、それを何とかするように考えろ」
「……」
 静花は目を瞬かせた。
「……どうした」
「励ましてくれてるんですか?」
「……」
 男は再び貝になった。
「えへへ……」
 が、静花は嬉しくて笑ってしまった。
 男は無言のまま、ゆっくりとそっぽを向いた。
「こふっ」
 男は突然、袖を口に当てて小さく咳き込んだ。
「え?」
 袖に付いていたのは血だった。
「あ、あの……!?」
 静花は思わず立ち上がった。
「肺の病だ。長くは持たない」
 男は静花の言葉を先回りして答えた。
「これが最後の仕事で、後は死ぬ間での短い間、隠居生活のはずだったんだが……どうやらそれも難しいな」
 男は少し顔をしかめ、静かに立ち上がった。
「え……?」
「敵だ。もう追いついて来たらしい」
「心配するな。任務はこなす。君は逃げろ。神社の中に抜け道がある」
 言って、男はメモと鍵を静花の手に捻じ込んだ。
「で、でも……」
「必ず追いつく。でないと、君の身体は大変な事になる。この意味は分かるな?」
「あ……」
 そうだった。
 今でこそ落ちついているが、まだあの奇妙なお香の効果は切れた訳ではないのだ。
「分かったら行け! ここにいても役に立たん!」
「はい!」
 静花は神社の中に駆け込んだ。


「相変わらず勘がいいね、総二」
 総二の正面にある草むらから現れたのは、短い髪の若い女だった。さらに後ろには、数人の忍びが控えていた。
「麻矢か」
 それは、総二の顔馴染だった。
 楠麻矢(くすのき まや)。総二達、磁雷一族と対立する風観一族のくノ一である。
「ホテルの警備をしていたのはお前か?」
「まさか」
 総二の問いに、麻矢はせせら笑った。
 だろうな、と総二は頷いた。
 警備担当の忍びは、麻矢の手に掛かってとっくに死んでいるだろう。
「よく、ここが分かったな」
「臭いを追うのは得意でして」
 麻矢はおどけて肩を竦めた。
「……そうか、あの香はお前の作か」
 麻矢はその答え代わりに冷笑した。
 既に、総二は呼吸を止めている。
 この周囲に麻矢が香を焚き詰めているのは、部下の忍び達の光の無い瞳を見れば明らかだった。完全な傀儡と化している。
 もって五分、と総二は自分の持久力を計算した。
 うっすらと。
 徐々に濃く、総二の周辺が白い霧に覆われ始めた。
「霧隠れ!? させるかっ!」
 麻矢は苦無を放った。が、金属音と共に、霧に弾かれた。
「くっ!」
 麻矢の周囲も、次第に霧に包まれる。
 二つ、重い物が倒れる音がした。
 二人、やられた。
 しかし、空気の流れを読む術なら、自分の方が長けている。
 麻矢は刀を構えたまま、目を瞑った。
 音は無い。
 風が動いた。
 刹那、麻矢はその方向に飛び、刀を一閃させた。
 が、麻矢に喉を掻き切られたのは、味方の忍びだった。
 その背に、忍びを盾にした総二の姿があった。
 忍びの身体が瞬時に炎に包まれ、炎の舌は麻矢の身体にも伸びた。
「くっ!」
 忍びの身体を中心に、二人はそれぞれ別の方向に跳び退った。
 総二は感心した。さすがに勘がいい。
 それに、麻矢が操るだけにただの傀儡ではない。筋力も瞬発力も尋常では無かった。
 正攻法では勝てないと踏んだ総二は、霧に乗じて次々と傀儡を倒していった。
 だが、麻矢も黙ってそれを受け入れていった訳では無かった。
 総二が動ける時間はあとわずか。
 その間に、必ず隙は出来る。
 麻矢はそれをひたすら待った。
 そして、それは正しかった。
 総二は最後の傀儡の喉を切り裂いた。が、それでも傀儡の動きは止まらず、その拳が総二の胸を打った。
 傀儡が倒れる。
 拳の威力自体は減殺したが、同時総二は香を吸ってしまっていた。
 一瞬、意識が朦朧としたが、呼気と共に香を吐き出す。
 だが、
「――っ」
 小さな咳が漏れた。それは、咳とも言えないような喉の動きだった。
 が、致命的な音。
「そこかっ!」
 麻矢は電光石火の素早さで総二の懐に飛び込むと、胸板に刀を突き刺した。
「ふっ……かつて『最強』と謳われた北条総二も、病には勝てなかったって訳ね!」
 しかし、それは肉や骨とは違う感触だった。
 霧が晴れた時、麻矢は自分が突き刺しているものが社の柱と知った。
「ちいっ、逃がしたか! でも、長くは持たないはず! 探せ!」
 麻矢はその場にうずくまり、小さな黒い染みに手をつけた。
「血を吐いた上で変わり身の術なんて……そう長くはもたないはずよ」


 一方その頃、静花はマンションの部屋の扉に持たれかかり、息を荒げていた。
「ん……あ……はぁっ…はぁっ……」
 身体を騙しながらここまで辿り着いたが、もう限界だった。
 身体が、熱い。
 以前、銭湯のサウナに十分入った事があるが、それとは比べ物にならないほど熱かった。
「ん……んんっ……」
 自分の意思に反して、全身から体液が溢れてくる。
 扉の前にへたり込んだ静花を中心に、水溜りが出来ていた。
 口の中にどんどんと唾液が溜まるが、それにも構わず静花は濡れた朱袴の中をまさぐっていた。
 知識としては多少知っていたが、静花にはまだ自慰の経験は無かった。
 白魚のような指が、下着越しの秘唇に触れる。
「んぅっ!」
 小さく背を仰け反らせ、静花は後頭部を扉に打ちつけた。
 が、そんな事には構わず、自身の淫唇に指を這わせ続ける。淫らな水音が、自分の耳にまで届く。
 それすらも刺激になる。
 気持ちいい。
「んっ……んんっ……あっ、はぁっ……ああっ」
 声が漏れるが、もはやそんな事に構っている余裕など無かった。
 静花は玄関に突っ伏し、四つん這いになって一方の手で胸を愛撫しながら、秘唇を弄った。
 下着が邪魔をして、指は浅くまでしか中に潜り込まない。もどかしくなって、下着の脇から指を滑りこませ、直接秘唇の愛撫を始める。
「ぅんっ……ふあぁっ……あっ、いいっ、いいのぉ……気持ちいい……」
 香の効果か、通常なら貝のように閉ざされているであろうそこは、充分にほぐされていた。
 チュプッと音を立てて、中指が小さな蜜壷の中に入った。
 きつく、自身の指を締めつけてくる。
 これまで、静花には自慰の経験が数えるほどしか無かった。無論、これまで指など入れた事があろうはずもない。しかし、今の静花はただひたすら、おのれの内から沸いてくる強い衝動に身を委ね、貪欲に指を突き入れて行っていた。
 もっと、もっと深く。
「はっ、はっ、はあぁぁっ……」
 熱く濡れた粘膜の中に、中指を少しずつ沈めて行く。
 膝がガクガクする。もう一方の手で胸の先端をきゅっと捻るたびに、電流のような痺れが全身を駆け巡った。
「あ、あ、ああんっ……」
 中指が第二関節まで埋まった、その時。
 扉が開いた。
「……間に合った……か?」
 男の声だった。


 総二は静花の身体を担ぐと、ベッドまで運んだ。
「は……はぁ……はぁっ……」
 静花の身体は、高い熱を持ち、時折痙攣を続けていた。
 着物は汗にまみれ、はだけている。
 総二は、静花の両側頭部にある経絡を突いてみたが、一向に発作の収まる気配は無かった。
 駄目か。
 全く、何て強力な香を焚いたんだ、あの女は。
 少し引っ掛かった。
 普通、巫女や神官を攫うなら、清いままでなくてはならない。営利や肉欲なら、忍びを雇ってまで誘拐するにはリスクが大きすぎる。
 だが、あの中年男……確かどこかの政党の幹事長とかいう男はそもそも、この子を襲う事を目的としていた様子だった。
 腑に落ちない。
 が、今はそれどころでは無かった。
 目の前で香の威力に悶える、この少女をどうするかだ。
 おそらく、総二の師匠なら別の解決策を見出せただろう。
 しかし、自分には他に方法が思いつかない。
「音羽静花」
 総二は静花の手を握り、呼びかけた。
「ふぁ……あ……はぃ」
 静花は虚ろながらも、瞳の焦点を目の前の自分に合わせた。
「このままだと、お前は発狂して死ぬ。助かるには、何度か気をやるしかないが……どうする? かなり卑怯な選択だが」
 静花はその問いには答えなかった。
 とろんとした目で、総二を見返してくる。
「あの……怪我……」
 静花の指摘に、総二は自分の身体を省みた。服のあちこちから切り傷がのぞき、特に左腕は重症だった。一応、包帯は巻いたが、そこから既に血が滲み出していた。
「俺の事を気にしてる場合じゃない」
「……」
 静花は深呼吸を繰り返しながら、首を振った。
 気にするなといわれても、自分のせいで怪我をしたとなると、やっぱり気になるのはしょうがない。それに、服を着たまま、この人は私を抱く気なんだろうか。
 抱く気?
 そう、自分の意思は決まっていた。
 ホテルで身体の自由が利かないまま、あの太った男の人にのしかかられた時は怖かった。
 でも、今手を握ってくれている、この人に身を委ねるのは怖くない。
 自分の身を案じてくれているこの人なら――。
 総二は黙って待っていた。
 やがて答が出たのか、静花は小さく頷いた。
「生きるか死ぬか、どっちだ」
「お願い……します」
「分かった」
 総二は、静花に顔を寄せた。唇を重ねる。
「ん……」
 ゆっくりと唇を離すと、静花は頬を染めながら、吐息を漏らした。
「嫌じゃないか?」
「嫌じゃ……ないです……あの」
「何だ」
「名前……はぁっ……」
「?」
「名前……まだ、聞いてないです。知りたいです……」
「……総二だ」
「総二さん……」
 その名前を抱くように、静花は胸に手を置いた。
「もう一度、いいか?」
「は、はい……」
 総二は再び、静花と唇を重ねた。
 同時に、ほとんど膨らみのない胸に手を重ねる。
「んっ!」
 静花の身体がビクンと跳ねた。怯えるように、身を縮み込ませる。
「……」
 総二は胸に手を這わせながら、もう片方の手で子供をあやすように静花の頭を撫でた。
「んっ、んぅっ……ふぅーっ……ふぁ……」
 それが安心するのか、静花は徐々に身体の力を抜いていった。
 静花のぴったりと閉ざしたままの唇の端から、持て余した唾液があごを伝っている。
 まだ、キスの仕方も知らない少女を汚す事に、総二は背徳感と奇妙な高揚感を覚えていた。
 静花の唇を軽く舌で突つく。
 静花は最初、総二が何を望んでいるのか分からなかったが、やがて気付いた。
 あ……口開くんだ。
「んふぁ……」
 口の中に溜まった唾液が零れ落ちないように、静花は小さく口を開いた。
 溜まっていた唾液が総二の口の中に吸われていった。
 私の唾……飲まれた。
 カァッと耳まで熱くなる。すごく恥ずかしい。恥ずかしいのに、嬉しかった。
「ぅん……んっ……」
 自分も総二の動きを真似てみる。小さな舌先で、総二の唇を突ついてみた。
 すると、総二の舌が静花の舌に触れ、絡んできた。
 総二さんの舌……。
「ふぅっ……うんっ、んんっ……」
 どうすればいいのか分からないので、とにかく総二の動きを忠実にトレースする。
 総二の舌が、静花の唇の周囲を舐め、徐々に口内に侵入してくる。
「ふん……ふぅん……ぅん……んくっ……んくっ」
 送られて来る唾液を無我夢中で飲み下していった。
 何も考えられない。
 キスに溺れそうになる。溺れる。溺れてもいい。この人が支えてくれるから、大丈夫。
 静花は無我夢中で総二の唇を貪るように吸い続けた。
 総二が唇を離すと、静花は恍惚とした表情になっていた。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫か?」
「……はぁ……ふぁ、はい……」
 総二は静花の唇からあごにかけて伝う唾液の筋を舌で舐め取ると、そのまま首筋へと頭を移行させていく。
「んんんっ!」
 ふるふると身を震わせる静花。ぎゅっと総二の手を掴んでいる方の手を、握り返してきた。
 総二は休まず白い着物をずらし、小さな胸の愛撫に移った。固く尖った先端を避け、その周辺を重点的に舐めていく。
「ふぁっ……あんっ……ゃぁっ!」
 髪を梳いている方の手で、時折耳の裏や首筋を撫でる。
 静花は自分の身体が昂ぶっていっているのを感じていた。一番肝心な強い部分をそのままに、周辺がどんどん熱く高くなっていく。
 身体の中心が溢れるほど熱くなり、自分のあそこからどんどん液が漏れていくのが分かる。
 そして、胸。胸の先端が疼いてしょうがない。痛いほど敏感になっていたが、そこを総二は避けていた。
 舐めて欲しい。けど、自分で言うのはすごく恥ずかしい。そして、それを考えるだけで、また胸が疼いた。
「あ、あの……」
 耐えられず、静花はついに口を開いた。
 すると、総二は少し顔を上げた。
「限界か」
「は、はい……」
「お前にはきついぞ。香の力を以ってもおそらく、痛くなるだろう」
 それでも。
 涙目になるのを自覚しながら、静花は頷いた。
 総二はつんと固く尖った突起を、ゆっくりと口に含んだ。
「は、あ、ああぁぁっ!」
 毛細血管を伝って強い痺れが、静花の全身を駆け巡った。総二の言った通り痛かった。
 が、その痛みを癒すように、総二は静花の髪や背中を撫でながら、けっして強くならないレベルで乳首を吸ってくれていた。
 同時に、背中のあちこちがノックされ、その度に痛みが消えていく。
 総二の言っていた経絡というものだろう。忘れていたけど、これは『治療』なのだ。
『治療』でも構わなかった。今、自分の胸の中に確かに彼はいるのだから。
「もう痛くないか?」
「……は……はぁ……うん……」
 痛いどころか、かなり気持ち良かった。胸の疼きはまだ残っていたが、我慢できないほどじゃない。
 それよりも……。
 総二は顔を俯かせた静花の髪を掻き上げた。あごを持ち上げ、唇を重ねる。
「ん……」
 静花は拒まなかった。さっき憶えたばかりの知識を使って、総二の舌に動きを合わせる。
 総二は静花の朱袴を捲り上げ、薄桃色に火照った内股に手を這わせた。
「んっ……ふぅ……うんっ……」
 総二の手が、自分の一番恥ずかしい所に近付いている。その事に静花は緊張した。
 それは総二にも伝わっていた。
 だが、これは必要な事だ。
 総二は顔を上げ、静花に伝えた。
「一度、イッた方がいい。分かるな?」
 静花は少し怯えた表情で首を振った。
「……よく……分かりません」
「我慢せずに、俺に身を委ねてればいい。声を出しても構わない。聞いているのは、俺だけだ」
「は、はい……」
「大丈夫だ。怖かったら、ずっと俺の手を握ってろ」
「……」
 静花はぎゅっと総二の手を握り返してきた。
「よし」
 総二が静花に覆い被さろうとしたその時だった。
「あ……」
 静花が少し驚いた顔で、自分の顔を見ているのに気がついた。
「どうした?」
「今、初めて笑ってくれました……」
 笑った? 俺が?
 総二は思わず自分の顔に手をやり、しかめっ面をした。
「大人をからかうな」
「ふふ……」
 総二は静花の耳元に口を寄せた。
「はじめるぞ」
「あ……はい」
 恥ずかしそうに顔を俯かせる静花。総二は髪を掻き分け、そのまま静花の耳朶を優しく噛んだ。
「んんっ……!」
 静花の身体がブルっと震えた。
 内股に這わせていた手を、静花の一番大切なところに持っていく。濡れた下着越しに分かる小さな割れ目。優しく押すと、中からぬるぬるとした愛液が溢れ出してきた。
 それに指を絡めながら、少しずつ指の動きを強めていく。
「はっ……あんっ……んぁっ……ふあぁっ!」
 総二が突き立てた指が、浅く静花の中に沈みこんだ。総二の予想よりもよくほぐれており、第一関節まで静花の濡れた秘唇に埋まった。
「あっ、はぁっ、そ、総二さぁん……」
「ああ」
 近付いてきた総二の顔に、静花は自分から顔を寄せてキスした。
「んっ、うんっ、ふぅっ、ん、んんぅっ」
 鼻を鳴らしながら、貪るように総二の舌に自分の小さな舌を絡めてくる静花。さっきまではやや受身だった動きに対し、今度は静花の方が積極的に総二の舌を求めていた。そして、それを総二も受け入れていた。
 静花の手を握っていた総二の手が動いた。離そうとしている訳ではない。今、正にお互いの口中を行き来する舌の動きにも似た、絡んでくるような動きだった。
 戯れるようなその動きに、静花も合わせた。身体中をまさぐられていた時や、今自分の恥ずかしい所を愛撫されているような、強い快感ではない。これまで経験した事のない、暖かな心地よさだった。
 チュプッ……。
「ふぁっ……あぁんっ!」
 舌と手の動きに気を取られているうちに、何かが自分の中に潜り込んできていた。
 総二の中指だった。
 いつの間にか、下着は下ろされて左の足首に引っ掛かっている。
「痛みはないか?」
 総二は少し顔を上げて、静花に尋ねた。手にある幾つかの経絡を突いて、多少は軽減したつもりなのだが、こんな幼い子相手に使ったのは初めてなので効果に確証がない。
「は……大……丈夫です…ぅん…」
「奥まで行くぞ」
 言いながら、総二は中指を静花の蜜壷に沈めていった。小さく狭いそこは、総二の指をきつく締めつけてくる。が、充分に潤っている為かゆっくりとではあるが、確実に侵入を果たしていった。
「ふぁ……あ、ああぁっ……あ、ああんっ!」
 ……第一関節から第二関節と自分の中に総二の指が沈んでいくたびに、静花は小さく首を振って身悶えた。
 そして、遂に総二の指は根元まで静花の中に埋没した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
 幼いとはいえ、静花の内部は立派に女の機能を示していた。窮屈なそこは収縮を繰り返しながらも、総二の指をしっかりと締めつけてくる。
 総二はゆっくりと指を引き抜き始めた。
「んぁぁ……」
 静花があごを上げて、熱い吐息を漏らす。
 そして、先端近くまで指が抜けると再び中へ。
「あ……はああぁぁぁ……」
 静花の無毛のそこを、総二の指が何度も出入りする。時折、淫核を掠めるように親指を動かすと、そのたびにビクビクッと静花は反応した。
「はぁ……そ、総二さぁん……あっ、ふぁっ……」
 静花の胸を口で愛撫していた総二は顔を上げた。
「どうした?」
「私、もうっ……もうっ……」
「イキそうか?」
「あ、はっ、はぁっ、あんっ、うんっ」
 目を虚ろにさせながら、静花は何度も頷いた。
 淫らな水音を立てながら自分の中を総二の指が行き来するたびに、どんどんと高まって。
 頭の中を白い閃光が走った。
「総二さん、総二さぁんっ!」
「大丈夫だ。ここにいる」
 静花は総二の手を握っている方とは別の、一方の手で総二を求め、背中に手を廻した。
「イけ、静花」
 耳元で総二が囁いた。
「あ、あぁっ、はいっ」
 もう駄目だった。それまで堪えていたものが、一気に溢れ出す。
 自分の中で、ぷつんと糸が切れた。
「ゃあっ、……あっ……ゃあっ……ああっ、あ、あ、ふああぁぁっ!」
 一際大きく身体を震わせ、静花は初めての絶頂を迎えた。
「はあぁぁぁ……」
 そして、全身から力が抜けると同時に、ベッドに力なく崩れ落ちた。
「はぁーっ……はぁーっ……」
 息も荒く胸を上下させている静花に、総二はそっと口付けた。
「頑張ったな」
「はひ……はぁ……はぁ……」
 どくんっ!
「ぅあっ!?」
 静花の心臓が突然跳ねた。
 動悸は収まらず、いやむしろどんどん強くなってくる。静花は思わず自分の胸を押さえてうずくまった。
「や、あっ、ああっ、何、何これっ、あ、はあぁっ!」
「静花!?」
「た、助けて、総二さん、あっ、やだ、やだよぉっ、あっ、はぁっ!」
「おい、しっかりしろ!」
 総二は静花の肩を掴んだ。
「んあぁっ!」
 途端に、静花は身体を小刻みに震わせた。二度目の絶頂だ。だが、その発作が収まる暇もなく、静花の呼吸は再び荒くなっていく。
「馬鹿な……」
 静花の身体は高熱に浮かされたように熱くなっていた。
 あ、あいつ……。
 意図的だったのか、それとも単なるミスだったのか、それは分からない。
 だが、これはどう考えても麻矢が仕込んだ香の配分ミスだ。このままだと、静花は快楽に取りこまれて発狂死する。
 幾つか経絡を突いてみたが無駄だった。
 どうする?
 こういう時は、どうすればいい、師匠?
 総二は自身の記憶を探った。
 左腕の傷が疼き、総二は顔をしかめた。
 ……その痛みで思い出した。
 以前も、似たような事があった。
 総二がまだ少年と呼んでも差し支えない年の頃だった。
 深手を負い死に瀕した自分を、師匠は房中術で癒した。思えばあれが総二の初体験だったのだが、状況的にそんな余裕は無かったというところまで酷似していた。
 房中術。
 お互いの身体を交わらせ、相手に精気を送り込む術である。これなら通常の治療法よりも遥かに早く回復する。
 いや、だが、しかし。
 総二はさすがに躊躇った。
「静花……」
「はっ、あぁっ、はぁっ、はぁっ」
 総二は悶える静花の身体を強引に仰向けさせ、股間に手を這わせた。
 確かにそこは熱く濡れそぼり、今もとめどなく愛液を溢れさせているが。
 ……本当に入るのか、ここに?
 総二は、ピンク色の秘唇を指で押し開いた。驚くほど小さな穴だった。
「んっ、うぅんっ!」
 だが、やるしかなかった。
 滝峰の血の自浄効果に期待するしかない。
「静花、聞こえるか?」
「返事はいらない。いいか、よく聞け。今から、お前の中に俺の精を送り込む。その気を以って、お前の中に溜まっている淫毒を浄化する。分かったか?」
 静花は返事をしなかった。が、その代わりに、小さく確かに首を縦に振った。
「よし……」
 総二はズボンを下すと、堅くいきり立った自身のモノを静花のそこに擦りつけた。愛液をまぶし、馴染ませる。
 静花が暴れないように、両腕を押さえこんだ。
 その構図は、まるでいたいけな少女を大の大人が強姦してるようだった。総二は一瞬、背後から誰かに首をへし折られやしないかと心配になった。
「いいか?」
「はぁーっ、はぁーっ……は……い……はぁっ……」
 涙と汗と涎で顔をベショベショにさせながらも、静花は頷いた。
「いい子だ。掴まってろ」
 総二が静花の手を開放すると、彼女は両腕を総二の首に廻した。
 態勢的にどうしても無理があるので、総二の身体は自然前屈みになる。
 総二は小刻みに震える静花の太股を開いて、自身の肉棒を押し当てた。
 濡れてはいてもそれでも固い入り口を、総二は力を込めて押し開く。
「んうぅっ!」
 ズボッと亀頭が静花の中に潜り込んだ。
 そのまま総二は力任せに、一気に静花の中を貫いた。
 途端に、静花がぎゅっと総二にしがみ付いてきた。
「は、あっ、あああぁぁぁんっ!」
 静花は貫かれると同時に何度めかの絶頂を迎え、彼女の中は総二のモノを強く締めつけた。
 瞬間、総二の身体に、強い精気が流れこんできた。
「っ!?」
 そして、彼は自身の異変に気がついた。
「き、傷が……?」
 総二は自分の二の腕を見た。ついさっきまで深手を負っていた自分の身体が、完治していた。
 総二は思わず静花を顧みた。
「房中術だと? こんな子が……」
 しかも、この回復力は尋常じゃない。師匠とは比べ物にならないほどの力だった。
 そうか。総二は悟った。
 それで、大の大人共がよってたかってこんな小さな女の子を狙うのか。
 おそらくこれが、少女の言っていた『滝峰』の力。
 自身の強い霊力を気に変換し、相手に送りこむ能力。
「はっ、はっ、はぁっ、はぁっ……」
 だが今は、静花が総二に気を送っては意味がないのだ。
 総二は、今まで止めていた腰をそっと動かし始めた。
 静花の小さな蜜壷がきつく総二のモノを締めつけ、
 それでも強引に腰を引くと、愛液と破瓜の血にまみれた肉棒が姿を現わした。
「痛いか?」
 ふるふると身を震わせる静花に尋ねる。
 静花は髪を振り乱しながら否定した。幸か不幸か、香は痛み止めの役目も果たしていたようだった。もっとも、感謝する気にはなれなかったが。
「んうっ! あっ! はぁっ! あああぁぁっ!」
 腰を数度動かすたびに、静花は絶頂を繰り返した。
 そして、その都度総二の身体に精気が送られてくる、
 今や、総二の身体は完全に治癒を果たし、力が漲っていた。
 が、総二はまだ、放っていなかった。
 腰を動かしながら、丹田で気を練りこんでいた。自身の気と、静花から送られてくる気の余剰分で作った高純度の物質を体内で作り上げる。
 総二は、静花の背中に腕を廻し身体を起こさせた。
「あっ……?」
 自分の身体を後ろに倒し、騎乗位の形になる。
「あ、やぁ……総二さぁん……」
 身体を前のめりに倒そうとする静花の身体を、総二は制した。
「自分で動いてみろ……そっちの方がうまくいく」
「はぁ……よ、よく、分かりません……」
 足は太股までいう事が利かず震え、両手を総二の胸板につけた状態でやっと態勢を保っている状態。
「こんな感じに……」
 ユサユサと総二が自分の腰を揺さぶった。
 自分の一番奥が貫かれる感触に、静花の芯がカッと熱くなる。静花の腰を掴む総二の両手から、暖かな波動に似た気持ちよさが伝わってきていた。
「分かるか?」
「はっ……あ、あっ、あっ……こ、こうですか?」
 喘ぎながら、慣れない腰の動きで総二の動きに合わせてみる。
「そうだ、いいぞ」
「あ、は……」
 褒められた。
 もっと、褒めて欲しい。
 そう思い、さらに総二の腰に合わせる。
「んっ……ふぅっ……んぅ……」
 つ……と、閉じた唇の端から涎が垂れる。
「堪えなくていい」
 頷く。
「ん……はぁっ……」
 艶かしい吐息が静花の口から漏れ、垂れた頭から流れた黒髪が総二の身体をくすぐる。
 総二はその髪を静花の背中に廻し、胸に手を這わせた。
 ほんのわずかな膨らみの頂点に蕾のような乳首がある。それを弄りながら、揉むというよりは撫でるような動きで静花の胸の愛撫を続ける。
「んっ……んんっ……はっ、はぁっ……ふぁっ……」
 本来なら神聖であるはずの衣と長い黒髪を乱れさせながら、静花は懸命に腰を振るった。接合部からはとても少女とは思えない量の愛液が絶え間なく溢れだし続け、総二の腰まで濡らした。
 総二は片手でその愛液を掬うと、静花の目の前に持って行った。
「静花……お前の身体の中からこんなに溢れてきてるんだぞ」
 指を広げると、透明な糸が引いた。
 それを、静花の口元に運ぶ。
「舐めてみろ……」
 言われるままに、静花は自分の愛液と血の絡まった総二の指を、舌で清め始めた。
「んっ……んっ、ん……はぁ……れろ……ん、ふぅ……」
 しょっぱくて、わずかに鉄分を含んだ味。
 そして、こんな淫らな事をしている自分自身に興奮を覚えてしまう。
 総二の指を汚していた液体をほとんど清め終えると、総二は指を静花の唇に挿入した。
「ん……」
 静花は抵抗もせずに、その指をしゃぶった。
 口内で指がゆっくりと動いた。
 総二主導で指が口内を出し入れされたり、静花の舌を求めて突ついてきたりする。
 指で、唇を犯されている。
 静花はそんな事を思った。
 指に舌を絡めながら、腰を動かし続ける。
「はっ、はっ、はぁっ、はぁっ、あ、あんっ」
 子宮を総二の先端で押し突かれる度に、白い閃光が静花の頭の中を走る。その感覚に流されそうになりながらも、静花は必死に堪えた。
 まだ、まだ足りない。もっと味わいたい。静花は貪欲に快感を求め、何度も何度も自身を貫いた。
「ぅんっ、んはぁっ、はあ、あぁんっ!」
 恥ずかしい声が、自分の口から漏れる。
 しかし、それももう気にならなかった。総二はそれでも自分を受け入れてくれている。自分の今の全てを晒すのに、彼の前ではなんら遠慮はいらなかった。
「もうじきだぞ、静花……」
 昂ぶりを抑えた声で、総二が静花に告げた。
「あっ……はぁっ……あ、あ……いゃ……あっ、ああんっ」
 数十度の絶頂で、静花の意識は朦朧としていたが、それでも身体は貪欲に次の絶頂を迎えようとしていた。
 そして、総二の体内でもついに混合気が完成した。
 総二は、今まで遠慮していた腰の動きを、静花に合わせ始めた。
「はあっ!」
 強く奥を貫かれ、静花の身体がビクッと仰け反る。
 構わず腰の動きを徐々に大きく、強くする。
「うん……ぅんっ……んふぁっ……ぁんっ!」
 静花の身体はもう、人形のように力が無かった。目は虚ろで、だがそれでも腰の動きだけは機械的に総二を求め続けていた。
「静花、静花……」
 総二は何度も静花に呼びかけ、意識を引き戻そうとしていた。
「……そ……そーじさん」
 静花の目が、不意に光を取り戻した。手が、総二の腕に添えられる。
「ああ」
 この時、総二は義務や任務とは関係なく、本気でホッとした。
 静花の腰を両手で固定しながら、自分の腰を静花の中に叩きつける。その度に二人の接合部で愛液がはね、総二の腰やベッドのシーツを汚していった。
「んっ、んっ、はぁっ、あ、あぁっ!」
 静花の中で、総二のモノが一際大きく膨張する。
「イクぞ、静花っ!」
「んぅっ!」
 総二は、渾身の力を込めて静花の奥を貫いた。同時に、これまで堪えていた精気を一気に解放する。
 初めて男の白濁液を胎内に浴びせられる感触に、静花の身体が大きく仰け反った。
「はっ、はあああぁぁっ!」
 静花の絶頂と同時に、総二は丹田に溜めこんでいた精気を次々と、静花の中に注ぎこんでいく。
「あっ、ああっ、ゃあっ、あ、はぁっ、あ、あ、ふぁあああ……」
 その度に、静花の身体が小刻みに震えた。
「くっ!」
 静花の精気がゆっくりと逆流してくる。が、総二はそれすらも瞬時に自身の体内に蓄え、逆に静花に送り返した。
「あ、あっ、熱……総二さんのいっぱい流れこんでくる……」
 精液が子宮に浴びせられる度に、静花はぶるっと身体を震わせた。
 身体に力が入らず、総二の胸にふらっと倒れこんだ。
 総二はその静花の髪を掻き分けた。
「あ……」
 それに気付いた静花が、ゆっくりとした動きで顔を上げた。
 総二は静花の唇に自分の唇を重ね、唾液を流し込んだ。
「んっ、うんっ、んっ、ふぅんっ……」
 静花は鼻を鳴らしながら、従順に唾液を飲み下していく。上と下、両方の口を塞がれ、静花の体内を奔走している精気に逃げ場はない。
 彼女の中に収まり切らなかった精液が破瓜の血と混じりつつ、繋がっている部分の隙間から溢れ出してくる。
 静花の身体の震えが一段落するのを見計らってから、総二は静花から顔を離した。
「衝動は収まったか?」
「ふぁ……はい」
「それは何より」
 総二は、静花の唇の端から滴っている唾液を指で拭った。そして、まだ繋がっている部分に視線をやった。
「痛くないか?」
「あ……痛くは無いですけど」
「けど?」
「何だか痺れてるみたいで……今はちょっと感覚無いです」
「そうか」
「あの……」
「何だ?」
「もう一回……」
「おいおい」
「い、いえ、そうじゃなくて……キスしてください」
 何だ、そんな事か。
「こうでいいか?」
 総二は静花に顔を寄せた。
「はい」
 静花は小さく頭を上げ、総二の唇に自分の唇を重ねた。


 二人は揃ってシャワーを浴び、着替えを済ませた。
 総二は先刻と同じ、黒ずくめのジャケットとスラックス。
 静花は総二に手伝ってもらいながら、ハイネックのセーターとジーンズ、その上に茶色のコートという姿に着替えた。
 ここは、総二の隠れ家らしく、老若男女、あらゆるサイズの着替えが一通り揃っていた。
 以前着ていたものは洗濯籠に放りこみ、汚れたシーツも洗濯機の中に突っ込んだ。
「歩けるか?」
 総二はベッドに越しかけたままの静花に尋ねた。
「駄目……みたいです。腰に力が入らないみたいで」
 歩こうとしても、足が痺れて全然言う事を聞いてくれなかった。実の所、一緒にシャワーを浴びたのも同じ理由だったりする。
「しょうがないな」
 総二は、静花に背を見せた。
「え?」
「乗れ。おぶって行ってやる」
「は、はい……」
 静花は、総二の大きな背中に身体を預けた。
「あの……」
 背中越しに、静花は総二に尋ねた。
「何だ?」
「総二さん、忍者さんなんですよね」
「忍者にさんはいらない」
「あ、はい」
「まあ、言い難いなら、それでも構わないが。それで何だ」
「いえ……簡単に背中見せちゃっていいのかな……とか思って。マンガとかなら、絶対見せないのに」
「……どうしてだろうな」
 これは総二の本音だった。一度寝ただけの女相手に、簡単に気を許すような自分では無いと知っているはずだったのだが。
 だが、背中の温もりが妙に心地良かった。
 この子は大丈夫。
 総二には妙な確信があった。もし間違ってても後悔しない自信もあった。
「敵さんは……もう全部倒したんですか」
「いや、まだだ。だから、これから迎え撃つ。ここの家賃も結構大変だしな」
 最後の台詞だけ、やけに所帯じみていた。
「私、足手まといじゃないんですか」
「その点なら、問題なくなった」
 総二は自分の腹に手を当てた。
 ここ数ヶ月、自分を悩ませていた痛みはもう、無かった。
「行くぞ」
「はい」
 瞬間、部屋から二人の姿は消失した。


 北条総二の姿を追っていた楠麻矢一行は、正に追っていた標的が目の前に出現したので驚いた。
「待たせたな」
 総二は背中に、髪の長い女の子を背負っていた。彼女達の雇い主だった政治家が執心していた音羽静花だ。
「子連れで、あたし達の相手をする気?」
 場所は建設途中のビルの敷地内。周囲には鉄パイプやセメント袋が積み重ねられていた。
 麻矢は素早く香の結界を敷き、総二達を中心に円状に取り囲んだ。
 例え、総二の呼吸が持っても、静花の方が持たない。いざとなれば、このまま彼女を傀儡にして、総二の首を掻っ切る。簡単な仕事だ。
 だが。
「無駄だ。風が俺達に味方している」
 麻矢は目を見張った。
 確かに、香の気流が総二達を避けていた。
「な……」
 お前では無理だ。
 北条総二は基本的に無駄口を叩かない。だが、目がそれを語っていた。
「お前ら――」
 麻矢が仲間に呼びかけるより早く、総二が動いた。
「――爆炎竜」
 総二の鳴らした指の火花から火が延びた。気流に乗ったそれは火の竜となり、麻矢達に襲いかかった。
「くっ!」
 麻矢はとっさに跳び退ったが、麻矢の傀儡と化していた仲間達は逃げ遅れた。総二達を取り囲んでいた全員が炎に包まれる。
「馬鹿な……貴様、病はどうした」
「……」
 それに応えるほど、総二はお人好しではなかった。返事代わりに、苦無を三本投げつける。
「ちいっ!」
 麻矢はそれらを刀で弾いた。
 ほぼ同時に総二は大地に張り手を叩きこんだ。
「――砂塵掌」
 ぼこっと、麻矢の足元を中心に地面が蟻地獄のようにへこんだ。
 が、一瞬、麻矢の方が早かった。宙に逃れた麻矢はそのまま、総二に襲いかかってきた。
 だが、総二は動かなかった。
「!?」
 麻矢が罠だと気がついた時には遅かった。自分の身体をふっと陰が差した。
 思わずそちらを見てしまう。
 左手から、鉄骨の山が雪崩となって麻矢を襲い――勝負は終わっていた。
「ど、どうなってるんですか?」
 もうもうと立ち込める土埃に咳き込みながら、静花が尋ねてきた。
「人体に経絡があるように、大気や物質にもそれが存在する。今の場合、麻矢が弾いた苦無がビルの『柱』を突いた。だから、ビルが崩れたんだ」
「へえ……」
 原理はよく分からないが、すごい技だと言う事は分かった。
「別に分からなくてもいい。人が来る前に、立ち去ろう」
「あ、はい」
 そして、再び二人の姿はその場から消失した。


 東の空はもう、明けかけていた。
 神社の石段の前に、二人は立っていた。
「もう、歩けるか」
「あ、はい」
 総二が屈み込むと、静花は地面に足を着いた。多少だるい感じはするが、歩けない事は無い。
「大丈夫です」
「ならいい」
 総二は石段の遥か先にある社を見上げていた。
「あの……」
 静花は総二の袖を引っ張った。
「何だ」
 総二が静花を見下ろした。
「私を逃がしてください」
「駄目だ。契約に反する」
「じゃあ、今から自力で逃げます」
「俺の依頼は君を上にある本家まで連れ戻す事だ。今、ここで逃げても俺が追いつく事は造作もない」
「じゃ、じゃあ……」
 静花はなお言い募ろうとしたが、他に案が思いつかなかった。
「繰り返すが、俺の依頼は君を上まで連れていく事だ」
「……」
 駄目か。
 静花はがっくりとうなだれた。
 この人は、自分の味方だと思ったけど、やっぱり単なる依頼の対象でしかなかったらしい。
 依頼の対象。
 ハッと気がついた。
「あのっ!」
 静花は総二の顔を見上げた。
「何だ」
 総二は無駄話はしない。なら、繰り返した事も無駄じゃない。ヒントだ。

「繰り返すが、俺の依頼は君を上まで連れていく事だ」

 つまり。
 私を連れ戻した後は、契約切れ。
 それなら。
「依頼の予約って出来ますか?」


 神社に連れ戻され、長い説教を終えた静花は、自分の部屋に戻った。
 そこには既に総二が待っていた。
 東の空からはもう、完全に日が昇っていた。
「迎えに来た」
 総二は、それだけを言った。
「はい」
 静花は頷き、総二の胸に跳び込んだ。
「ところで、報酬はどうする気だ」
「お金はありませんから、身体で払います」
「……」
「駄目ですか?」
「行くぞ」
 それが返事だった。
 瞬間、二人の姿はその場から消失した。


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※また後日となります。

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