わんこなめいど
〜The maid of a dog〜






 ダンボールダンボール白い壁紙ダンボールダンボールフローリングの床ダンボール。
 井上信郎(いのうえ のぶろう)の引っ越しを済ませたばかりの部屋の状況はまあ、そんな感じだった。
「さって、片付けが大変だな、我が愛しの部屋よ」
 厳密には、引っ越しはまだ完了していない。
 何せ、寝床すらまだ確保できていないのだ。
 それが、銀杏マンション404号室の現状である。
「まさか、もう一回ここに戻ってくるとはねー」
 信郎は煙草の灰を携帯灰皿に落としながら呟いた。
 つい一年前まで住んでいた住居。
 どうして戻ってきたかというと理由は単純。昨日まで住んでいた、大学近くのマンションがあまりにも生活に不向きだった為だ。
 ガスは止まるわ水道管は破裂するわ電気代は間違った計算で十倍近い金額が請求されるわ、七階建てで自分が住んでいたのは三階だったのに何故か雨漏りするしで、どうしようもなかった。
 有利な点といえば、大学まで十分というそれだけだった。
「……ま、ちょっと不便だけど、途中に繁華街もあるし。勝手知ったる昔の家ってか」
 んー、と伸びをし、腕をぐるぐると回転させる。
「ほんじゃま、始めますか」
 と、最初のダンボールを持ち上げようと、それに手を掛けた時だった。
 首に引っさげた携帯電話が、『犬のおまわりさん』を奏で始める。
「もしもし?」
 スイッチを入れて、電話に耳を当てる。
『信郎か? 秀隆だ』
 聞き覚えのある声だった。
 小学校以来の付き合いになる、幼馴染みの津島秀隆(つしま ひでたか)だ。
 信郎の知人の中でもトップクラスに位置する奇人で、自称『錬金術師』である。この呼称の時点で既に尋常ではない。
「おー、ヒデ。どうした? 何か用か?」
『用が無ければ電話などしない』
「……相変わらずだな。で、その用ってのは何だよ?」
『うむ、引っ越しは終わったか?』
「いや、まだだけど。今から荷物の梱包を解くところ」
『それ以外に何か来ていないか?』
 一瞬の間。
「何かぁ? おい、何の話だ?」
 すっごく嫌な予感がするんだけど、と内心呟きながら尋ねてみる。
『ふむ……まだ、着いていないのか』
 向こうで軽く首を傾げ考え込む秀隆の姿が、信郎の脳裏に目に浮かぶようだった。
「ちょっと待てお前。また何か、得体の知れないものを届ける気か?」
『正確には違う。僕はただ作っただけで、あいつは勝手にそっちに向かっていったのだから、僕が届けた、という言葉は少々間違っている。しかも過去形だ』
「いや、言葉遣いはどーでもいいよ。お前、一体何作ったんだ? この間みたいな食人植物か? それともその前の催眠効果のある光を放つクラゲか?」
『たわけ。植物やクラゲが道を歩くか』
「お前ならやりかねないから言ってるんだよ!」
『分かった。今度作っておく』
「作らなくていい! それより今! 今何を送ったかって聞いてんの!」
 秀隆のいつもながらのマイペースに、信郎のペースが狂わされるのもいつもの事だった。
『だからくどいようだが、僕が送ったのではなく――』
「あああああっ! 苛々するなぁ! そうじゃなくて何作ったんだよ! 前にも言っただろう? 俺はもう、ペットは懲り懲りだって!」
 その時、インターホンが鳴った。
 信郎は心臓を抑えながら、扉の方を向く。
『――どうやら着いたようだな』
「だから何がぁ」
 他に聞いているモノがいないのは分かっていても、つい声を潜めてしまう。
『出れば分かる』
 信郎は電話を切るもの忘れて、玄関に向かった。
 ドアを開く。
「はい、どちらさんで――」
 途端に、何やら紺色の塊が信郎に飛び掛かってきた。
「ご主人様ぁっ!」
 紺色かと思ったら、キツネ色。
 信郎はそれが、髪の色だと気が付いた。
 紺色は服の色だ。
 自身が倒れないように気をつけながら、信郎は『それ』を引き離した。
 小柄で、目の高さに持ってくると足が浮いていた。
「ごしゅ……って、おい!? ちょっ、い、一体、何!? 何だよ、お前!?」
 信郎が目の高さに合わせているのは、小柄な女の子だった。
 キツネ色の、収まりの悪いショートカット。
 着ているのは紺色のエプロンドレス、いわゆるメイド服だ。
 そして――人間の物ではない犬耳と、髪と同じキツネ色のふさふさの尻尾。
「……」
 視線を尻尾からもう一度上にやる。
 とどめに、黒光りする首輪が首に嵌められていた。
 絶句する信郎に、彼女はにぱっと太陽のような笑みを浮かべた。
「あ、申し送れましたぁ。ボクはお師匠様に造られました。名前は睦(むつ)です! よろしくお願いしますっ!」
 彼女、睦は勢いよく頭を下げた。
『――ああ、どうやら無事に着いたようだな。何よりだ』
「何作った! 何送った! 何届けたんだ、お前っ!」
 首に下げた携帯電話に、信郎は両手が塞がれたまま叫んだ。


 信郎は睦と向かい合う形で、ダンボールの上に缶コーヒーを二本置いた。
 一本はブラック、もう一本はミルク入りだ。
「つまり」
 ブラックのプルトップを引きながら、信郎は口を開いた。
「はいっ!」
 非常に元気のいい挨拶である。
「いや、まだ返事はいい」
「あ、はい」
「つまり……あいつが作ったメイドだって?」
「はい! 錬金術師であるお師匠様が、ボクを作ってくださいました」
 何が嬉しいのか、尻尾を左右にパタパタと振りながら答える睦。
「その耳と尻尾は?」
 尋ねながら、コーヒーを飲む。
「えーと……ベースですか? それはボクが犬ですからこういう……」
 右の指で動く耳を、左の指で揺れる尻尾を指差す。
「耳と尻尾があるんです。当然ですね」
「……で、その服は?」
「メイドですからっ」
 睦はやけに嬉しそうに答えた。
「……だから、何でメイド」
 脱力を堪えながら、信郎は質問を続ける。
「お師匠様はこう言われていました。ご主人様のお引っ越し祝いに、お前を作ったのでしっかり奉仕するようにと。ところで奉仕って何ですか?」
「意味も分からずに来たのかよ!」
「はい! お掃除とかお洗濯とかは聞いたんですけど」
 知ってるんじゃないか、と信郎は唸った。
「そこは元気よく返事するところじゃねえっての! 待て……今、ふと思ったんだけど、まさかその格好であいつの家からここまで来たのか?」
「はい。そうですよ? ……あれ? どうかしましたか?」
「……いや、いいんだけどさ。どーせ、俺の知人とは思われなかっただろうし」
「いえ、途中で道が分からなくなって聞きましたけど。『すみません。井上信郎様のお宅はどちらでしょうか?』って。交番にだけは行くなってお師匠様が言っていたので、結局全部臭いを頼りにここまで辿り着けました」
 空になったコーヒー缶が信郎の手からすり抜け、カタンとフローリングの床に落っこちた。
「それでご主人様。ボクは何をすればいいんでしょうか?」
 相変わらず無邪気な笑みに、睦が信郎に尋ねた。
 ガバリと立ち上がる信郎。
「ちょっと待てっ! 俺はお前をここに置くなんて言ってないぞ!?」
「……はい?」
 睦はきょとんとした顔で、信郎を見上げた。
「冗談じゃない! 勝手にやって来て置いてくれなんて、無茶もいいところだろ?」
「え? ええと……それじゃボクは」
 困惑したようにオロオロとしながら、睦は部屋を見回す。
 しかしそれに構わず、信郎は上着を羽織り、外出の支度を始めた。
「造り主の馬鹿者に交渉してくる」
「では、お供……」
 背後からそんな声が掛けられたが、信郎は構わず玄関に向かった。
「その格好で付いて来られても困るんだよっ!」
 靴を履くと、勢いよく扉を閉めて、彼は津島秀隆の家へと向かった。


 秀隆の住居は、割と小奇麗な雑居ビルの四階にある。
 一階に動物病院、二階に便利屋があり、三階は法律事務所と会計事務所となっている。
 秀隆は四階全てを買い取って、自分の寝食の場であると同時に己の『研究』の実験場にもしていた。
 信郎は階段を駆け上り、勢いよく四階の扉を開いた。
「ヒデーっ! って、うおおおおっ!?」
 途端、信郎に得体の知れない装置群が雪崩となって襲い掛かった。
 余談だが、器械の剥き出しのパーツというのはピンが出っ張っていたり、角が尖がっていて、ぶつけられるととても痛い。
 信郎がそれらの下敷きになり、さらに頭にもう一個パーツが転がりぶつかったところで、誰かの足が彼の視界に入って来た。
「ああ、大きな声を出すものから積荷が潰れてしまったようだな」
 圧し掛かる装置やパーツも何のその、信郎は勢いよく立ち上がった。
 彼の目の前に平然と立っているのは、若い青年だった。
 この住居の主、津島秀隆である。自称錬金術師にして、実際もその通りの仕事をしている奇人だった。
 身長は180を優に超え、ちょいとばかりワイルドな俳優的風貌は繁華街にでも行けば、そこそこ人目を引くだろう。学者を自称しているにも関わらず、服装は腕まくりしたチェック柄のカッターシャツにベージュのスラックスと白衣すら着ていない。
 傍目にはちょっといい感じのそこらのあんちゃんである。色々な意味で、中身が外見を裏切っている人物だった。
「お前は知らないかもしれないが、声というのは音波の一種で、大きな声を出せば確実に大気の振動が発生し――」
「そんな事は知ってるっての! それより、聞きたい事がある!」
「睦の事か?」
「他にあるかー!」
「連れて来ていないのか」
「あんな目立つやつ、連れて来れる訳ないだろっ!」
「着替えさせればいいだろうに」
「男の一人暮らしの部屋に、女物の着替えがあると思ってるのかよ!?」
「男物で、何か不具合が出るのか? 耳は帽子で隠せばいいし、コートか何かを羽織らせれば尻尾も目立たなかっただろうに」
「うっ……」
 信郎は言葉に詰まった。
 言われてみればそうだ。
 冷静さを欠いていて、そこまで頭が回らなかった。
「相変わらずだな。ちょっと奥まで上がれ」
 どこまでもクールな秀隆は皮肉るでもなく、スリッパを履くように信郎を促した。
「あ? ああ……」
 気勢を削がれる形になった信郎は、フローリング敷きに改造されたビルの廊下を秀隆に続いて歩き始めた。

 部屋の一つに信郎は案内された。
 部屋自体は清潔で整理されていたが、その中央に滅茶苦茶浮きまくった存在の装置がでん、と鎮座していた。
「この培養槽であいつは造り直された」
 電極部で立てられた巨大な電球。
 形としてはそれに非常に近い。
 硝子部分が人間が丸ごと入れそうな透明な水槽で、電極に当たる部分に何やらゴチャゴチャした装置が絡まり、コードが床を縦横無尽に這っている。
「いや、製造工程はどうでもいいんだよ」
「ふむ、それでは何を聞きたいのか。そちらの質問に応じるとしよう」
「じゃあ、まずアイツは一体何なんだよ」
「だから、それはこの培養槽で造られた――」
「そうじゃなくて! 何でけもみみロリ侍女首輪付きなんだって聞いてんの!」
「お前とは古い付き合いだな」
「あ、ああ……小学校以来だけど」
 秀隆の話題はいつも唐突に切り替わる。
 しかし、一見話が逸れているように見えて、実は前の話としっかり繋がっていることを信郎は経験上知っていたので、それに関しては口を挟まなかった。
「うむ。お前が引っ越しすると聞いて、一人身では何かと不便も多いだろうと僕は判断した。以前は間に合わなかったが、今回ようやくこれが完成してな。せっかくなので、信郎の助けになるように人造人間(ホムンクルス)を造り上げたんだ。……どうした、頭を抱えて」
「……後半のあまりの非常識さにちょっとね」
 自分が引っ越しする。だから引っ越し祝いを送った。
 この点だけなら、全然異常はないだろう。
 変なのは送られたブツだけである。
「で、あの耳や尻尾や服装は一体何なんだ?」
「おや? あいつには聞かなかったのか? 耳や尻尾は触媒に犬を使用した為だ。いや、より正確には犬の方がベースなのだが。小さいのはその犬が仔犬だった為。メイドなのはお前の生活の世話が主たる目的だからだ。しかしあのデザイン最大の理由は、小学校以来の付き合いになるお前の嗜好に合わせた結果、ああなったというのがその結論だ。納得したか?」
「する訳ないだろ!」
「そうか。やはり和風に割烹着の方が――」
「問題はそこじゃないっ!」
 秀隆の発言は、暗に信郎がロリコンのメイドスキーと言っているようなものである。 
 第一、それを除いても信郎には大きな問題があった。
 信郎は真剣な表情になった。
「それにさ、大体俺はもう、ペットを飼うのは御免だってのは知ってるだろ?」
「うむ。ムツの事だな?」
 ムツ。
 それは、信郎が小学生の頃飼っていた犬の名前だった。
「……それだよ。ったく、当て付けみたいな名前付けるなっての」
「確かにお前は小学校の頃、可愛がっていた仔犬を交通事故で失った。動物好きにも関わらず、それ以来ペットを飼おうとしない」
「情が移ったら、それだけ亡くした時のダメージが大きいんだよ。だから――」
「――その一方で、獣医という矛盾する職業を志望するのも、分からないでもない」
 秀隆が続けた言葉に、信郎はため息をついた。
「だが、獣医志望なら当然ながら、動物に愛情をもって接しなければならない。それぐらい、お前自身気付いているだろう」
「愛情は注ぐさ。だが、情は移さないってだけだ」
「しかしお前はあのトラウマがある限り、先に進むのは難しい。だろう? だから、僕は彼女を造り直した」
 ……。
「造り直した?」
 信郎は秀隆の言葉を聞き咎め、繰り返した。
 そういえば、さっきも言っていたような気がする。
「うむ。憶えているか、あの日の約束を? ムツが車に撥ねられた、あの日の事だ」
「は? 約束?」
「酷い奴だな、お前は。言っただろう? 『僕が何とかする』と」

 それは十数年も前の出来事。
 相手は信号無視の自動車だった。
 煙を噴き上げ、電信柱にフロントから突っ込んでいる自動車。
 膝を擦り剥いて泣く子供。
 そして横断歩道に広がる小さな血の池。
 親が心配するのにも構わず、子供はしゃがみ込んで自分を助けた飼い犬に手を当てていた。その傍らには、子供と同年代の利発そうな少年。
「分かった。僕がなんとかしよう」
「お前に……ぐずっ……なにが出来るんだよう」
「まずは動物病院だ。まだ助かるかもしれないからな。僕が連れて行く」
「うん……たのむよ」
 そういうと、少年――秀隆は服が血にまみれるのにも構わずムツを両手で抱き上げ、駆け出し始める。
 周囲の人間が自分を心配して取り囲む中、信郎はムツと秀隆の背中を見つめ続けていた。

「……けど、あれは結局助からなかったじゃないか。動物病院に連れて行ったけど、間に合わなかったってお前は……」
「ああ、あれは嘘だ」
 秀隆は平然と言い切った。
「嘘ぉ!?」
「社会的方便だな。正確には死に掛けで、実際は生きていただろう? もっとも脳髄のみが生きているだけでは、生物学的には確かに生きているとは言っても、動物として生きているかどうかは微妙なところだったがな。とにかくムツはこの十数年間、ちゃんと自我を持っていたし、存在していた。父の培養槽で保存していたともいう。肉体の再生が最大の課題だったな」
 それは、信郎の子供の頃の思い出に鮮やかな卓袱台返しをかまし、そのまま踵落としで破壊させたような、そんな口調だった。
「ちょ、ちょっと待て! それって……まさか、あのけもみみメイドは……」
 秀隆は頷いた。
「そう、お前の想像通り。あの子はムツそのものだ」
「……」
 信郎は呆然のあまり、口をあんぐりと開けた。
「本当に酷い奴だな、お前は。何の為に元々は数学者希望だった僕が錬金術師を志したと思っているんだ。生憎僕は、神や天使の存在を当てにするほどロマンティストじゃないんだ。まあ、こっちの進路に進んだのも無駄ではなかった。現代の錬金術では鉱石やオカルト知識なんて必要ない。金が欲しければ、情報を集めれば幾らでも作れるからな」
「……いや、普通お前みたいには行かないって」
「それは判断力と自制心がないからだ」
 ちなみに、秀隆の主な収入源は株価取引と発明品の特許だ。その個人資産は少なくとも、普通に生活する分には一生困らない額という事は以前信郎も聞いた事がある。
 ただし、秀隆が明らかに『普通に生活する人間』に該当しないのはいうまでもない。
「それじゃ最後に一つ」
 頭の中が真っ白になりそうな錯覚を振り払いながら、信郎はかろうじて気になっていた事を思い出した。
「まだ、何かあるのか?」
「何で、元の犬じゃなくてヒトガタにしたんだ?」
「理由は二つ。彼女がそれを望んだ。そしてもう一つは、お前の住んでいる所は――」
「……分かった。ペット禁止だって事かよ」
「瑣末な理由だが、トラブルは避けるに越した事は無いからな」
「そんな理由でヒトガタを作る神経が信じられねえ。そもそも、お前は存在そのものがトラブルだろうが」
 信郎の言葉を、秀隆は完全に無視した。
「神の領域に踏み込む云々を突っ切って、見事なまでに生命を玩具にしているな、僕は。ここまで来たら、完璧な人間を作れるレベルまで到達したい所だ」
「今に天罰下るぞ、お前」
「望むところだ」
 どうして神はこんな奴を野放しにしているのだろう、と信郎は本気で思った。
「だって面白そうじゃん」とか思っているのだろうか。
「ああ、こちらからも最後に一つ、いい事を教えてやろう」
「ん?」
「僕は言葉や社会的な知識は与えたが、現在のお前の写真を見せたり、臭い付きのタオルはまだ渡していなかった。する前に飛び出していったんでね」
 肩を竦めるような可愛げのある行動は取らず、直立不動のまま秀隆は言葉を続けた。
「僕が強要した訳じゃない。彼女は自分の意思でお前の元に向かったんだよ。いまだに慕っているんだぞ、ムツは」


 自分の部屋に戻る頃には、空はすっかり暗くなっていた。
「ただいまー……」
 信郎は空腹とたった一日の情報量の多さに疲れ果て、声にも力が入らない。
 そんな彼を、睦が小さく尻尾を揺らしながら出迎えた。
「あ、お帰りなさいぃー……」
「……」
 部屋を見回すと、荷物は綺麗に片づけられていた。
 使われなくなったダンボールは、平べったく解体されて玄関脇に置かれている。
「あ、これはですねぇ、待っているだけって言うのも何ですから、おかたづけしておいたんです。夏物は奥の押入れの上になっています」
「はー……一人でよくもまあ……」
 信郎は感心しながらスリッパを履いて、部屋に上がり込む。
「お師匠様の話では、力は最大出力で人間の三十倍は出るそうです」
 さんじゅうばい。
「……って、不必要なまでにパワーアップするんじゃない」
「え……? でも、お師匠様は護身用に必要って言っていましたけど?」
「悪いが俺はVIPでも何でもない、ごく平凡な大学生なんだよ。そんな人間凶器みたいな力はいらないって」
「でも、こうした力仕事ではゆーこーですよね」
 そう言って、睦は笑みを浮かべる。しかしその笑みも、最初の時に比べるとどこかぎこちなく、寂しそうだった。
「口が減らないのは親譲りか」
 そう言いながら、信郎は腹から感じる空虚さを思い出した。
 時計を見ると、もう午後の八時。
「飯でも食うか……」
 冷蔵庫の中は引っ越し前に空っぽにしていた。
 となると、信郎の選択肢は外食か出前ぐらいしかない。
「あのさ、睦。昔、ここに住んでた時に使ってた古い電話帳はどこに――」
 視線を睦に向けると、彼女はひどく居心地が悪そうに顔を俯けながら、上目遣いに信郎を見上げていた。
「あの、ご主人様……ボクは……」
 それで思い出した。
 自分が一度家を出た理由と、その結論をまだ睦に話していない。
 信郎は、一度天井を見上げるともう一度睦に視線をやった。
「……」
 不安そうに見つめてくる視線に信郎自身居心地が悪くなり、部屋の中を歩きながらボリボリと頭を掻いた。
 そして、
「あー……」
 口を開く。次に続く言葉も、そのまますんなりと出た。
「……まあ、とにかく、悪かったよ」
「……え? 何がです?」
 睦はきょとんとしている。
「ヒデから聞いた。お前、あのムツの生まれ変わりなんだって?」
「生まれ変わりじゃないですよ? だって、死んでないですから」
 まあ、確かにその通りではある。
「どっちでもいい。……ちょっと首、上げてみろ」
「こうですか?」
 睦は素直に首を上げた。
 信郎は睦の首に掛けられている首輪を覗き込む。
「……やっぱり」
 その首輪は、昔信郎が買ってムツに付けていたものと同じ物だった。同色の皮で伸ばされているのは、秀隆の細かい気配りだろう。
「……分かった」
「はい? 何がですか?」
「はーっ……」
 信郎は一度大きくため息をつくと、首を振り。
 そして顔を上げた。
「だからー、お前はうちで飼うっつってんの。俺のペットなんだろ、お前は?」
「あ……」
 睦は一瞬呆けたような顔をし。
 そのまま瞳にみるみる涙が溜まり始めた。
「ご……」
 ご?
 ボロボロと涙を零す睦の呟きに、信郎は瞬間的に悟った。
 まずい。
 悟った時には遅かった。
「ご主人様ぁ……っ……あ、あ、ありがとうございます〜っ!」
 小柄とはいえ、犬の突進力を甘く見てはいけない。しかも三十倍である。
 睦に抱きつかれ、信郎はそのまま背中から床に倒れこんだ。
「だぁっ! 泣くな! しがみつくなっ! 顔を舐めるんじゃないっ!」
「で、でも、でもぉ……っ!」
 ぐしぐしと泣きながら、睦は鼻を啜った。
「おい……ちょっと待て……」
 嫌な予感はやっぱり遅かった。
 びーっという鼻をかむ音と共に、信郎は自分のシャツに生暖かな粘液が広がるのを感じていた。
「やりやがったよ、こいつ……」
「ず、ずいまぜん……」


「つまり、飯は普通のもんでもいいってことだな? まあ、アレの格好でドッグフードってのも怖いから、最初からそのつもりで一緒に晩飯食ってたけど」
 風呂に入り、Tシャツ姿に着替えた信郎は、秀隆に電話をしながら缶ビールを開けていた。
 キッチンからは水を流す音がする。
 出前を取ったラーメンの丼を、睦が洗っている音だった。
『――何なら、食費ぐらい提供するが?』
「本気で困った時はそうさせてもらうよ。けどまあ、仕送りに余裕が無い訳じゃないし、とりあえずはこっちで何とかしてみる」
『――お前ならそう言うと思った』
「ああ、そうだろうよ」
 半ば自棄になって言いながら、不意に疑問が頭に浮かぶ。
 どうしてこいつはいつも、こんなに俺によくしてくれるんだろう、と。
 その疑問は昔から時折沸き、その度に秀隆に尋ねて来たものだった。
 答えはシンプルで、「お前は俺の友達だからだ」というものだった。まあ、確かにそのエキセントリックな性格で友人の少ない男ではある。
 それで一時は納得するのだが、ただの友達でここまでするだろうか、という疑問がまた浮かんでくるのだ。
 秀隆に男色の気はない筈なので、信郎自身に変な感情は抱いていないだろうとは思うのだが。
 考えるだにおぞましい想像なので、それからは敢えて目を逸らす。
 だから、信郎としてはいつもこう答えるしかない。
「まあ、何にしてもあんがとよ」
『そいつはうちの試作品一号だから、何か異常があったらすぐに報告しろ』
「ああ、後もう一つ。あの服以外に服はないのか? 寝間着もないんじゃ、こっちも困る」
『――それで、どうした?』
「俺のパジャマ着せといた。っていうか、どこでメイド服なんて手に入れたんだ、お前?」
『――僕の自作だ。生地は駅前の万国百貨店で購入した。下着の類もそこで買った』
 一瞬の間。
「……変な目で見られなかったか?」
『――僕が、その程度の些細な問題を気にする人種だと思っているのか、お前は』
「予備の下着とか、ないのか?」
『――君が履くのか?』
「違うわっ! 一着じゃ着替えもままならないだろ!?」
『――僕が思うにだ』
「うん?」
『――それは彼女に決めさせた方がいいな。自分の着るものなのだし』
 信郎は唸った。
「……それは、つまり、俺にあいつと一緒に女性用下着売り場に行けと遠回しに行っているのか?」
『――遠回りだったか。ではストレートに言おう。彼女の為にはそうするべきだ』
「ようするに、そっちから送る意思はないって事だな?」
『――いや、それが希望なら送るが。そうするか?』
「……いいよ。それやられると、何か自分的にすっげぇ敗北感を味わうから」
『――分かった。他に用件は?』
「ないよ。じゃあな」
『――うむ』
 電話は向こうから切られた。
「ふぅ……」
 信郎は携帯電話を充電器に差し込むと、軽く吐息をついた。
 いつの間にか、水の音は消え、代わりに別の場所でパタパタと慌しい音が聞こえていた。
 振り返ると、寝室から睦が顔を出した。
「ご主人様ー、寝床の準備できましたーっ」
「ああ。で、パジャマの大きさはどう?」
「ちょっとスースーします」
 そのまま睦は、信郎の傍らに正座した。
 肉付きはそれほどよくはないものの、ややのっぽな感じのある信郎と超小柄な睦とでは体格に差がありすぎる。
 いくら睦がパジャマの袖と裾を捲くっていても、それでも服がだぶだぶな感は否めなかった。
「まあ、そりゃ大きいからな」
「いえ、そうじゃなくて、下着履いてませんから」
 むーっとまた手を隠し始めた袖を捲り上げながら、平然と睦は告げた。
「ぶっ!」
 思わず信郎はビールを吹き出す。
「あー! 雑巾雑巾」
 睦はテーブルに置かれていた雑巾で、ビールの残滓を拭き始めた。
「そ、そうか。そう言えばそうなんだよな……いかん。妄想が膨らむ前に、さっさと寝た方がいいかも、これは」
「はい、お休みですね」
「ああ、それじゃ、お休み」
 信郎は立ち上がって、寝室に向かった。
「はい」
 頷き、睦も立ち上がる。
 寝室の照明は既に消されて薄暗い。
「よいしょ」
 信郎は掛け布団を捲り上げ、その中に自分の身体を入れる。
 そして睦は横から同じ布団に潜り込む。
 モゾモゾと動き、信郎に抱きつくようにして――ズボンを引きずりおろした。
 信郎は目を見開くと勢いよく身体を起こし、布団をまくり上げた。
「ちょっと待てこらっ! 何しようとしてるんだ!?」
 睦はまだ、信郎のトランクスに手を掛けたまま不思議そうに顔を上げた。
「え? で、でも夜伽もメイドの仕事だって、お師匠様は言っていましたけど……」
「よ、夜伽ぃ?」
「分かりやすく言いますと、せいこう、こーび、せっく……」
「うわーっ! それ以上は言わなくていい!」
 信郎は睦の両肩を掴むと、そのままでいるべきか引き剥がすべきか微妙な位置で腕を固定した。
「ちょ、ちょっと待って。そ、『そういうの』もアリな訳か?」
「はい? ああ、『そういう』機能も、ちゃんとお師匠様に作ってもらいました。ちゃ、ちゃんとおつとめ出来るようになっています」
 さすがに睦も、少し緊張した面持ちで答えた。
「……うう、すごく試してみたいような、怖いような」
「嫌、ですか?」
 どことなく楽しそうな顔を、信郎に向けてくる。
 尻尾の振り加減で睦の機嫌が分かるとすれば、微妙な振り方だった。
 ゆっくりと箒を履くような揺れ方をしている。
「……嫌じゃないけど……うううううん」
 頭の中で、理性と欲望の天秤がグラグラと揺れていた。
 腕をそのままに、睦を改めてよく観察してみる。
 顔、少しだけ濃い眉にまん丸い瞳が印象的な童顔。信郎の好みと完全にマッチした顔つきだ。
 そして体つきは、細く華奢。
 胸や腰周りといったパーツはどれも控え目。
 見事なまでにロリ体型である。
 しかし、そのあどけない顔立ちは、そんじょそこらのアイドルなど比べ物にならないほどの美少女ぶりだ。
 キツネ色のショートカットから覗く犬耳と、後ろでパタパタ揺れている尻尾が、それこそ本当に小動物のような印象を受ける。
 などと人間にはないパーツを観察していると、
「えいっ」
 不意に睦の身体が沈んだ。
「んぁっ……!?」
 股間に、ぬらりとした感触が走る
「ん……んむ……ん……ん、んぅ……」
 半勃ち状態のモノを、睦が舐め始める。
「お、お前……ちょ、ちょっと待て……」
 信郎は手で制しようとするが、その力も弱々しい。
「き、気持ち…よくないですかぁ……?」
 それはほとんど勢いだけの技巧だったが、信郎にとって未経験の快感は一気に自身のモノを膨張させた。
「あは♪ すごく大きくなりましたぁ」
「お、お前なぁ……」
 唾液まみれのそれを手で擦りながら、睦が笑顔を信郎に向ける。
「あ、ええと、これもお師匠様からの伝言です。『じんぞー人間だからそもそも人権はないし、年齢という概念もない。法の外にいるのだから、ごーほーも非ごーほーもない。それでも納得しなければ、犬にとって十数年という年齢が何歳に当たるかをこーりょの上、実行に移すように』とか」
 信郎は、睦の肩に両手をやったまま布団に突っ伏した。
「あ、あのやらう……」
「あのー、どうしますか? します? しません?」
 パタパタと嬉しそうに尻尾を振る睦。
 信郎の頭の中の天秤は、完全に欲望に傾いていた。
 しかし、これだけは言いたかった。
「……お前、最初からやる気満々だったろ? そうだろ?」
「ご主人様のお役に立つのが、今のボクの存在理由ですからー♪」


 胡座をかいた信郎の股間に、睦が顔を埋めた。
「ん……ご主人様の、おっきい……」
 手を添えながら、竿や亀頭にまんべんなく唾液をまぶしていく。
 しかし、時々……。
「う……歯が当たってる」
「んー……すみません。舐めるのは得意なんですけど……お肉を見るとかじりたくなるって言うか」
 睦は舐めながら、困ったように答えた。
「……やっぱり、ここでやめるか」
「あ、や、やです。かまないように、努力しますです」
「そうしてくれ……」
 せり上がってくる快感をやり過ごすように吐息を漏らしながら、信郎の手が睦の背中を走る。
 当然ながら、睦はそれに気付いた。
「……ご主人様?」
「気にせずしてろ……」
 睦に舐めさせながら、信郎の手は睦のパジャマのズボンの中に潜り込んだ。
「ひあっ!? ご、ご主人様?」
 睦は素っ頓狂な声を上げた。
 確かに、睦は下着を着けていなかった。
 滑らかな肌に指を滑らせ、お尻の割れ目に侵攻する。
「気にするなっていったろ……やられてばかりってのは、性に合わないんでね……」
「んっ」と睦はくぐもった声を上げた。
 秘処は軽く潤っていたらしく、ねっとりとした生暖かい液体の感触が指に伝わってきた。
 中指をフック気味に突き入れると、指全体に吸い付くように粘膜が絡んでくる。
 窮屈なそこを拡張するように、円を描いて睦の秘処を掻き混ぜた。
 動かすたびに、内部の愛液が掻き出されズボンの染みが広がっていく。
「あ、あ、あ……ご、ご主人様ぁ……ぐにぐにするの、やめてくださいぃ」
 睦の抗議も意に介さず、なおも信郎は睦の中を責め立てる。
 される側の睦はたまらない。
 舐めるのと軽く噛むのが交互に、信郎のモノを良くも悪くも刺激する。
「噛むなってば……さすがに、狭いな……入るのか、ここ?」
「ちょっと自信ないですけど……試してみないと……」
「ん……その前に、準備が必要だけどな。もっと、足広げて」
「あ、はい。こ、こうですか」
 信郎の指示に睦は素直に従い、膝立ちしている足を広げた。
「そうそう。入れやすくなった」
 指を二本に増やして、睦の中に入れられる限界まで貫く。
「ふぁ……ご、ご主人様ぁ……そんな奥まで……」
「じゃ、浅く」
 軽く引き抜き、浅瀬を掻き混ぜた。
「うー……」
 睦はビクッビクッと小刻みに腰を揺らしながら、それでもなお信郎の命令に従い彼のモノを舐め続ける。
「腰、動いてるぞ」
「ご、ご主人様が、焦らす……からです…んっ…あっ…あっ……意地悪……ボクも、焦らしますよぉ?」
「却下。そゆ事すると、こっちはもっとひどい事するぞ」
「ひ…ひどい事って…例えば? あっ…やぁ…もっとぉ……」
「こことか」
 信郎は、人差し指を浅瀬で往復させたまま、中指で肉芽をつついた。
「ひうっ!?」
 睦の声が勢いよく跳ね、鈴口を強く吸われるのと同時に牙が軽く肉竿に突き立つ。
「噛ま…ない……」
 引きつった顔のまま、信郎は八つ当たりのようにグリグリと睦の秘処を指で弄り倒した。
 上下に大きく動く腰を片手で支えるかのように、指をフックさせて穴に突き刺し続ける。睦が歯を立てるたびに、お仕置きとばかりに淫核を指でくじった。
「んぅーっ……だ、だって、そこっ! つ、強すぎますよぉ……ん、やぁん!」
「そうみたいだな。さすがにきついみたいだし……」
 信郎は突起への責めをやめ、もう一方の手で尻尾を撫でた。
「はうー……」
 途端、睦の表情が惚けるように緩んだ。
「いきなり声色が変わった」
「だ、だって……気持ちいいです、それぇ……あ……いい……」
 上ずった声が面白く、信郎は執拗に尻尾を手でしごき上げる。
「尻尾ってのは性感帯なのか」
「よく…ふわぁ…分からないですけど……多分、そうなんじゃないかなぁ……と思い……ますぅ……」
 っていうか、間違いないよな。
 鼻息を荒げながら、睦は信郎のモノを咥え込んだ。
 下半身から襲ってくる快感をやり過ごそうと、どんどんその奉仕は積極性を帯びてくる。
「耳も試してみたいな」
「んぐっ…この…っ…状態だと、無理だと…ん…むっ…思います……」
 信郎は睦の後頭部に手を添えながら、自分でも腰を突き上げた。
 先端が、睦の喉奥を何度もつつく。
 が、睦はそれ自体にはなんら抗議をしようとはしなかった。
「じゃあ、違う状態の時を考えるとして……そろそろ」
 手の力を緩め、睦の口から自分のモノを引き抜く。
 透明な唾液まみれになった信郎のモノから解放された睦は、小さく咳き込んだ。
「コホッ……は、はい……ご主人様の思ったままに、してください……」

 信郎は睦を仰向けにすると、パジャマのボタンを外した。
 小さな胸を撫でながら、広げた両足の間に自分の身体を潜り込ませる。
 さっきの指での愛撫が効いているのだろう。
 形だけならいつでも入れられる体制になっていた。
「ふぁ…ん…あぅ……そんな見つめられると……恥ずかしいです」
 信郎は指で睦の秘処を押し広げ、自分のモノをあてがった。
「いや、サイズがな……さすがに、心配になって来た。毛も生えてないし」
 腰を軽く往復させ、先端を何度か埋め込み慣らす。
 そのたびに、睦の身体が小刻みに反応を繰り返した。
「こういうの…っ…きらいですか?」
「嫌いなら、してない――入れるぞ」
 信郎は腰を押し、睦の中に自分自身を突き入れた。
「ん……は、あー……あああっ!」
 睦の手がぎゅっとシーツを掴み上げる。
 指の時から予想していた通り、いや予想以上に睦の中は窮屈だった。ピッチリと締め付けられて、かなり力を込めないと動きそうに無い。そのくせ、中の襞々が蠢きながら彼のモノを刺激してくる。
「やっぱ、きつい…な……睦は、痛くはないか?」
「平気…です。ん、でも奥までされると、ちょっとつらいかも……あの、ご主人様、つらそうです……」
 睦が心配そうな表情で信郎を見上げた。
「ああ……いや、これは別に辛いわけじゃなくてだな……ちょっと気ぃ抜くと、出しちゃいそうで」
「そうなんですか……?」
「そうなんだよ。……だから、最初はゆっくり……」
 ゆるく腰を前後させながら、睦の小さな唇に口付ける。
「ん……ふっ……んん!?」
 舌を差し入れると、睦が目を見開いた。構わず舌で口中をねぶりあげた。
「ん、う〜〜〜」
 困ったように目を閉じながらも、睦は抵抗しない。
 信郎は面白くなって、固まった睦の舌を絡め取ったり唾液を吸ったりした。
 こんなもんかな……。
 とりあえず満足して、信郎は睦から顔を離した。
「は、わ、ご、ご主人様ぁ……」
 何故か動転したように、顔を真っ赤にさせて見つめてくる睦。
「? どした?」
「さっきの、初めてキス……です」
 ……信郎は、何とも言えない表情を作った。
「お前、自分から責めるのは大丈夫なくせに、キスは恥ずかしいのか」
「うん……ん…ふあ……恥ずかしい、です……」
 信郎は、何となく分かったような気がした。
 こいつ、自分からするのは平気だが、責められると弱い。
「もっと、欲しそうな顔してるな」
「うん…欲しい……です。お願いします」
「よし……ただし、次はお前からするんだぞ」
「は、はい……」
 信郎に言われるまま、睦はやや遠慮がちに彼に口付けた。
 さっきの信郎の動きを思い返しながら、拙い技術を披露する。
 小さく開いて待っていた信郎の口内に、勇気を出して舌を入れてみる。
「ふっ……んくっ……んーっ……」
 チロチロと遠慮がちに口の中を舐め上げ、ちぅっと信郎の唾液を吸い上げた。
「ぷぁ……ど、どうですか?」
「ん、まあまあだな……他に誰かとした事、あるのか?」
 睦の唇を舌でなぞりながら、信郎は尋ねた。
「ないです……けど、お師匠様の家で勉強しましたから……」
「あいつんちぃ?」
 信郎が不機嫌になるのを察知し、睦は慌てて首をブンブン振った。
「ち、違いますぅ……。だから、ご主人様が初めてですってば……でも、コンピュータのデータ画像で……ん…はっ…あぁっ……こうするって」
 信郎のご機嫌を取るように、睦は彼の顔のあちこちを舐める。
「……あいつんちのコンピュータの中身は一体どうなってるんだ」
 ペットの舌のくすぐったさに堪えながら、信郎は唸った。
「CGでしたけど? ボクと同じような耳と尻尾がついてて、服もエプロンドレスで……」
「……それ、ひょっとして実写じゃなく、CGだったりした?」
「はい。やり方は、主にテキストから学習して……」
 ああ、だからかと信郎は納得した。あの手の画像はフェラだの本番だのはあっても、ディープキスのシーンなんてあんまりない。大胆なくせに、変に初心なのはそういう点も理由の一つだろう。
「あいつがエロゲー買う姿ってのも、かなり想像を絶するものがあるな……」
 悩む信郎に再び睦が口付ける。口内に侵入してきた睦の舌に、自分の舌を絡めながら唾液を溜めると、やはりさっきと同じようにそれを睦が吸い上げた。
「あのー……気持ちよくないですか……?」
「ん……まあ、悪くないと思うけど……覚えはいい」
 ご褒美に、睦の唇を強く吸ってやる。一瞬、睦は目を見開いたが、すぐに陶然とした表情で信郎を受け入れた。睦の後頭部を両手で押さえつけ逃げられないようにして、ぬるい唾液を嚥下しながら、舌も自分の口中に引き寄せる。
 その上で、繋がったままの腰を激しく睦の中を突き入れた。
「ぅんっ! ふ……んっ…ぅ……んぐぅ……んーっ……!」
 呼吸のペースを乱され、睦は苦しそうにもがいた。
 けれど、彼女が本気を出せば、あっという間に信郎は引き剥がされてしまう。そんな事をする訳にはいかないので、睦は信郎のなすがままにされた。
 また、ご主人様が求めてくるのは睦にとっての幸せだったので、苦しくても睦は嬉しかった。
 しばらくすると満足したのか、信郎は睦を解放した。
「ふぅ……あり……がとうございます……てへへ、息苦しくなっちゃいました」
 全然懲りていないのか、睦は何度も自分の唇を信郎のそれに重ねる。
「そりゃ……延々キスばっかしてりゃな」
「ボクは、何度しても飽きないんですけど……ご主人様は、飽きました?」
「そんな事はないが……他には、どんな事を勉強してきた?」
「えっと、あとは……胸を触られたり、舐められたりしてました……」
「されたいか?」
 睦の小さな膨らみに、信郎は手を添えた。手の平に、硬く尖った先端の感触が伝わってきたので、そのまま転がす。
「はぁっ…あ…ん…」
 甘えた声を上げながら、睦はコクコクと頷いた。
「えと……はい、されたい……です」
「あんまり強くすると、潰れそうだなー……」
 掴む事も出来ないぐらいの、ささやかな胸を緩やかに撫でる。小さいが、弾力に富んでいた。
「ん、ふわぁ……優しくしてください……は、あ……あん……」
「こら、暴れるな」
「だ、だってぇ……そんな事、言われ…っ…ましてもー……」
「ご主人様の命令が聞けないのか?」
「あ、は、はい……大人しく…します……」
 こいつ、命令されると喜ぶなぁ……信郎はそう感じ取った。
「胸の周りだけでこれじゃお前……」
 桜色の乳首を、きゅっとつねって引っ張ってみる。
「ん、ひぁんっ!」
 一瞬、睦の身体が力んだかと思うと、すぐに弛緩した。
「まあ、こうなるだろうな。痛いか?」
「ん、あ……少し痛いです、けどぉ……」
「感じてる、と」
 さっきよりも、強く引っ張った。
「ひぁっ……あ、あ、はいぃ……!」
 弾力には富んでいるが小さな乳房を揉み、乳首を弄りながら軽く腰を送り込む。奥に突き込むより、浅瀬で往復させる方が、睦は感じているようだった。
「浅い方がいい?」
「よく、分かんないです……けど……あ、はい、いいみたいです……入ってくるのが、気持ちよくて……ん……あっ…はぁっ……」
「俺の方がちょっときついんだけどな……まあいいか」
 チュプチュプと小刻みに秘処を自分の先端から中ほどまでで責めると、睦自身も腰を使って信郎を求めてくる。肉体的な快感よりも、そうした睦の仕草を見る方が今は楽しかった。
「でも……」
 睦の表情が少し曇った。
「どうした?」
「尻尾が……痛いんです」
「あー、もろに下敷きだもんな……じゃあ、こうする、か」
 信郎は睦の背中に手を回すと、彼女の身体をグイと抱き起こした。
「わっ……んぁっ……」
 対面騎乗位の形で二人は抱きあった。自重で睦の身体は、信郎のモノを根元まで飲み込んだ。
「奥まで入っちゃったのはしょうがないとして……睦、動ける?」
 睦は試してみようとしたが、どうも具合がよろしくないようだった。
「ん、んー……ご主人様ぁ……ん…こ、これ…難しいです……」
 しょんぼりする睦の髪を撫でてやると、彼女は申し訳なさそうに信郎の顔をぺろぺろと舐めた。それにも慣れた、というか愛情表現と分かると、信郎もほとんど気にならなくなった。
「じゃ、俺が動くか……しっかり、しがみついてろ」
「は、はい……す、すみません……やっぱり、見るのと…あっ…あぁっ……実際するのとでは全然違いますぅ……」
 睦がギュッと力を込めて抱きつくと、信郎はピストン運動を再開した。さっきまでと違い、深いところで抉りこむような抽送。
 何度も先端が子宮に当たるのを感じながら、信郎は睦の桜色の唇にキスをする。
 睦が少し驚いた顔をするのに気付き、信郎は少し顔を離した。
「睦……キス、好きなんだろ?」
 身体を揺らし、キスを続けながらどちらからともなく舌を絡めあった。
「はい…好きです…ん……んぐっ……んふっ……んんっ!?」
 睦の全身に快感が走った。後ろの方からじわじわとそれが広がっていく。
「尻尾も……弱かったよな」
「は、んふぁ……あ、あ……す、すごいです……こんなの初めてで……お、おかしくなっちゃいそうですぅ……」
 胸でも感じられるように、睦は身体をすり寄せて来る。
「いいよ……どんどんおかしくなれ……」
 信郎は胸板で彼女の二つの乳首がこすれるのを感じながら、物欲しそうな表情の口に唾液を送り込む。
「あ、あ、あ、あああっ……ご、ご主人様、もっと、もっとぉっ!」
 腰の動きを大きくしていくと、睦は狂ったように叫びだした。
 不器用に自分でも腰を動かし信郎の動きにあわせようとする。
「こうか?」
 腰の動きが完全に一致し、互いの性感がみるみる内に高まっていく。
「ん、あ……は、はい…すごっ……突き上げられて……あ、あ、ああぁっ!!」
「イクのか? 睦……もうっ……」
「あ、はいっ! ごめんなさい……ボク…ボク、もぉっ……!」
 信郎にしがみつきながら、睦が根を上げた。
「よし……いいぞ……俺も…イクから……」
「あ、あ、あ、イク、イクッ……も、もう、イッちゃううううぅぅぅーーーーーっ!!」 絶頂の叫びをあげた睦の中で、信郎のモノが一際膨張し、大量の精液が迸った。
「あ、あ、ああっ……あああ……く…ぅん…!!」
 身体の奥をヒラヒタと叩く熱い体液の感覚に、睦は断続的な痙攣を繰り返した。
 しばらくして。
「はーっ……はーっ……ごしゅじんさまぁ……」
 快感の余韻を味わいながら、睦はご主人様の首筋や顔を舐める。
「ん、くすぐったい……悪い奴だな。ご主人様より先にイッちゃうし」
「うー、ごめんなさい……」
 睦は尻尾を左右に振りながら、申し訳なさそうに信郎に頬擦りをした。
「ま、いいけどな……俺もよかったし」
 信郎は、ガシガシと乱暴に睦の頭を撫でながら呟く。
 その言葉に睦は満足しながらも、かすかに顔を曇らせた。
「んー、でも……」
「うん?」
「ご主人様の……まだ、硬いみたいですけど……」
 睦の言う通り、信郎のモノはまだ彼女の中を支配していた。
「久しぶりだからな……溜まってるんだ」
「ねー、ご主人様ぁ……」
「ん?」
 信郎は、なんとなく睦が何を言い出すか予想出来た。
「もっと、いっぱい、出してくれていいんですよ?」
 やっぱり。
「……っていうか、お前がしたいだけなんじゃないか?」
「それも、ありますけど……ご主人様は、したくないですか?」
「じゃあ、今度は……犬らしく」
 信郎は睦を持ち上げ、剛直を引き抜いた。
 そしてベッドに俯けにすると、腰を掴んで小ぶりのお尻を持ち上げる。
「あ……」
 後ろを見やる睦の表情が、羞恥に頬を染める。
 構わず、信郎は睦の脚を広げさせた。微かに開いた割れ目から、白濁液が滴り落ちシーツに染みを作る。
「……こっちから」
「は、恥ずかしいですよぉ……」
「ああ、すごい光景……溢れてるし……」
 信郎は指を秘処に突き入れると、自身の精液で満たされたそこをグリグリと掻き回した。
「あ、ああぁぁっ……ご主人様、早くぅ……」
 睦は腰を振りながら、信郎を誘った。
「もう、指じゃ、足りない?」
「足りません……ご主人様のが、一番いいですぅ」
「これか?」
 信郎は無造作に、奥まで突き入れた。
「はぅ……それ、早く……あ、あぁっ! ま、また……気持ちいいの……入って来たぁ……」
「もう、手加減する必要はなさそうだな」
 遠慮なく、信郎は後ろから睦を犯し始める。
「は、はひっ……ないです……ご主人様の……望むままにして下さい……」
「この体勢なら、耳も責められるな……」
 身体を丸めると、小柄な睦の犬耳は容易に舐める事が出来た。
「あ、あーっ! 耳、だめぇ……っ!」
 人のものではない固い毛の感触に違和感を感じながらも、睦の感度を高めるために信郎の責めは容赦が無い。
「大人しくしろ……って、なんか無理矢理してるみたいだ」
 いたいけな少女を強引に犯しているような気分に、信郎の獣欲が駆り立てられる。乱暴に腰を送り込みながら、無造作に胸を揉んだ。
「はぅ……胸まで、そんなぁ……ん、ひぃんっ……」
 涙目になりながら悶え、信郎の責めを受け入れる睦。
 信郎が腰を送り込むのにあわせて、自分でも信郎に腰を叩き込む。
「自分から腰を動かして……やらしい子だ」
「だ、だって……我慢が出来なくてぇ……」
「ここで、『おあずけ』したら、従うか?」
 腰のピッチを上げながら、信郎は尋ねた。
「ん、あ……ご主人様の命令なら……従います」
「じゃあ……」
 緩々と、ご主人様の腰の動きが鈍くなっていくのに、睦は悲しげな声を上げた。
「あ、あぁ……やぁあ……」
「冗談。安心しろよ。しないって」
 信郎は言葉と共に、腰の動きを再開した。
「ご、ご主人様の、意地悪ぅ……」
「昼間、さんざん引っ掻き回されたからな。その仕返しだよ」
「ん、うー……ごめんなさいー……でもぉ」
「会いたかった?」
「はい、会いたかったです……ずっと……」
「ま、終わりよければ全てヨシかな……いや、この展開をヨシって言うべきなのかどうかアレだけど」
「ボクは…っ…嬉しいです……ん、あ…お師匠様に……ん…は、ぁん…人間にしてもらって…ご主人様にもう一度会えて…あっ…あぁ……幸せですぅ」
 ただ、この体位ではご主人様の顔を舐められないのはちょっと不満だった。
 けれど、贅沢は言えない。睦にとっては、信郎が満足してくれるのが最高の栄誉なのだから。
「こういう関係でもか?」
「は、はひっ……んっ…ぁっ……最高に、幸せです……」
「じゃ、ご褒美」
 睦はやや乱暴に、顔を信郎に向かされた。
 何をされるのか分かり、嬉しそうに唇を開いた。信郎の唇が被さり、生暖かい唾液が送り込まれる。
「ぅんっ……んくっ……あ、ありがとう、ございます……美味しいです……」
「ん……睦の中も、すごく締まって…いいぞ……」
「はっ、あっ、ああっ……ご、ご主人様ぁ……ごめ、ごめんなさぁい……ボク、あ、ボクは、また……っ!」
 泣き声を上げながら、睦が高みを極めようとする。
「また、先にイクのか……? ったく、本当にここでやめるか?」
 冗談めかして信郎は言ったのだが、睦は本気にしたのか必死に首を振った。
「や、やらぁ……やめちゃ、やれすぅ……」
「睦、こういう時はどう言うんだ?」
「ご主人様ぁ……あ、あ、お、お願いれすからぁ……」
 舌っ足らずの口調で、睦は懸命に信郎の望む言葉を紡ごうとする。
「いいぞ、頑張れ……?」
「ご、ご主人様の太いので……い、いっぱい突いて…いやらしいペットの、ボクを……あ、イ、イカせてくださ…い……あ、あああっ!!」
 最後の言葉と同時に、睦は思いっきり後ろから貫かれた。
「よく出来ました……」
 その言葉が睦に聞こえたかどうか。
 一度出したばかりとは思えないほど大量の精液が、睦の子宮を叩いた。
「んぁ、あ、あ、ああぁーーーーーっ!!」
 睦は信郎の腰に自分の尻を押し付け、ご主人様の放った迸りをすべて受け止めようとした。しかし、睦の小さな膣では到底追いつかず、繋がっている部分から白く濁った体液が溢れ出す。
 そして、信郎はまだ満足していなかった。
「ん、くっ…ま、まだまだ……」
 ほんのわずかなインターバルの後、信郎は後ろから睦を抱え込むと、彼女の身体を起こした。
 代わりに自分が布団の上に仰向けになり、背面騎乗位の形を取った。
「はっ、ふっ……あぁー……つ、繋がったまま……?」
「ああ……今度は、睦が一人で動くんだ」
「は、ふぁい……」
 虚ろな声を出しながら、睦は忠実に主人の言葉に従った。
 後背位なら、さっきのようにご主人様がキスしてくれたりしてくれたかもしれないが、この体位はそれも叶わない。が、そうなると逆に自分を貫く剛直に集中する事が出来た。
 ひたすら腰を振り、信郎に奉仕する。
 何度も絶頂に追いやられた身体はひどく重かったが、ご主人様に快楽を与えられてると思うとそれも苦にならなかった。
「奥まで当たってるけど……もう、辛くなさそうだな……」
「はー……はいー……んっ、当たるたびに……は、すごいの……うあぁ……っ!」
 泣き声を上げながらも、睦は腰の動きに没頭した。
 ……それからも、二人は何度も求め合った。

 空が白み始めた頃。
 二人は再び、対面座位で抱き合っていた。
「はっ……はぁ……」
「はぁっ、あぁんっ……あ、あん、んっ、んはぁっ……」
 何度交わったか分からないが、結局最後はこの形に収まった。
 どうやら、睦はこの体位が一番気に入ったようだった。
 飽きもせずに信郎の顔を舐めながら、嬉しそうに尻尾を振りたくる。そして、彼の体温を感じつつ、下から突き上げられる快楽に身を委ねていた。
 そして、最後の絶頂を共に迎える。
「あ、あ、あぁっ……ご、ごしゅじんさまぁ……あ、あ、ああぁんっ!」
 ブルッと信郎が身を震わせ、睦の体内に子種を送り込む。
「くっ……はー……」
 大きく息をつく。
 睦の膣内は信郎が射精するたびに貪欲に蠢き、何度でも出したくなる衝動に駆られるほどだ。
 しかし、さすがにもう、これ以上は出そうになかった。いくら気力があっても体力と実弾が切れていた。
 抱き合いながら、仰向けに布団に倒れ込んだ。
「はふぅ……もぉ、朝ですよぉ……」
「すごいな……何回やったんだ?」
 信郎は片手で布団を手繰り寄せる。
「憶えて……ませんー……」
 睦がそれを手伝い、二人揃って布団にもぐりこんだ。
 布団はひどく冷えていた。まあ、ほとんど使ってなかったのだから無理はない。
「とりあえず……今日はもう…限界だろ」
「そうですね……あ…ご主人様ぁ」
「うん?」
「どう、でしたか? 夜伽……満足、出来ましたか?」
「何を今更……うー、しかし」
 意識がボヤけていくのを感じながら、信郎は言葉を続ける。
「しかし?」
「こんなの毎晩やってたら、身体が持たない……」
 やばいなぁ……と思いながら、信郎は暖房器具代わりに睦の温かい身体を引き寄せた。
「ですねー……あ、でも、ボクはご主人様がしたいなら、いくらでも……」
「ご主人様の自制心がすべてって訳か」
「はいー……♪」
 嬉しそうな睦の返事を最後に、信郎の意識は眠りの中に落ちていった。


 数時間後、寝不足の目を擦りながら、信郎はマンションの自室を出た。
 一応平日、大学はあるのだ。
 二時限目からだったのが、幸いだった。
 まったく、これが毎晩なら本当に身体が持ちそうにない。
「けど、朝飯がちゃんと出るのはいいよなぁ……」
 そう思う信郎だった。
 リュックを肩に掛け、階段を下りる。
 すると、ロビーにはひそひそ話をする中年のおばさん達がいた。
「……」
 大して気にする事もなく、信郎はおばさん達の脇を通り抜けようとした。
 しかし。
 おばさん達は、信郎の視線に気付くとザザッと後ずさりをし、足早に方々へ散っていったのだ。
「……」
 何だかすごく嫌な予感がした。
 信郎は慌てて自分の部屋に駆け戻った。
 ドアを開け、玄関から中に声を掛ける。
「おい、睦っ!」
「あれ? お帰りなさい、ご主人様。どうかしましたか?」
 昨日と同じメイド服に着替えた睦は、食器の後片付けをしていた手を休めた。
「いや、何か、ご近所さんの視線が妙に痛いというか……お前、何かしたか?」
「いいえ? 特に何も」
「じゃあ、気のせいか」
「そうですよ、きっと。あ、そうだ。玄関にこれ、出しておかないと」
 睦は、水切りからザルソバ用のザルを取り出した。
「……何だ、そのザル?」
「え? やですよぉ、ご主人様。お引っ越しといえば引っ越し蕎麦じゃないですか。『ご近所付き合いはしっかりすべし』ってお師匠様も言ってました。ご挨拶は済ませておきましたから、大丈夫です」
「そ、それで、お前、何か言われなかった?」
「いえ、別に? あ、けれど、お隣の人にご主人様との関係を聞かれました」
「……何て答えた?」
「信郎様がボクのご主人様で、ボクはそのペットって」
 にぱーっと満面の笑みを浮かべる睦。自分が何て発言をしたか、まるで自覚がなかった。
「……は、はは……そう……そりゃ、間違っては無いけどさぁ」
 そして、信郎もすっかり睦のそういう性格に慣れ始めていた。
「……新しい引っ越し先、考えた方がいいかも」


<おしまい>

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