週末のスウィート・ホーム
第零話 待ち合わせ&下校途中――ルール説明






 チャイムが鳴り、土曜日の授業が終了した。
 ゾロゾロと生徒達が下校する秋陽高校の校門前に、ベージュのコートにマフラーをした女生徒が立っていた。
 黒髪のセミロング、「一年二年三年の何年生か?」と問われたら十人中八人が「一年生?」と答える小柄で童顔な少女だ。
 ちなみに残り二人は「え? 中学生じゃないの?」と驚く。
 それを発見し、谷口清澄(たにぐち きよすみ)は彼女に近付いた。
 銀縁眼鏡を掛けた、一見生真面目風な長身の男子生徒だ。実際、成績もいい。
 こちらはどう見ても「少年」より「青年」という表現が似合う。
 清澄は三年生、待っていた少女、山住渚(やまずみ なぎさ)は一年生だ。関係はというと、図書委員会の先輩後輩。
 それにお互い言い広めたりはしないが、れっきとした恋人同士である。
「待ったか、渚」
「いえ、私もついさっきでしたから」
 並んで、歩き始める。
「それで、家族の方は」
 清澄の言葉に、渚は頷いた。
「今朝、出て行ったのを見送りました」
「早いな」
「それでも、田舎に着くのは夕方になるんですよ」
「遠いのか」
「はい」
「ちょっと、駅に寄るぞ」
「え? 家じゃないんですか?」
 清澄は、軽く笑った。
「俺の方の『準備』だよ。万が一って事もあるからな。抜き打ちで持ち物検査なんかされちゃたまったもんじゃない」
「ああ、つまりそういう『準備』なんですね」
「当然。というか、それ以外に今日と明日の目的があるか?」
 渚は嬉しそうに笑みを浮かべながら首を振った。
「ありません」


 駅のロッカーで大きな手提げ袋を出すと、二人は商店街を歩き始めた。
「大きいですね、それ」
 横に並びながら、渚が清澄の手荷物を覗き込んだ。
「ああ、衣装とか入ってるからな」
「どんな……あ、いいです。楽しみは取っておきます」
 少し慌てた調子で、渚は自分の口を押さえた。
「そうしてくれ……飯、どうする?」
「家で作れますけど。材料は買い溜めて置きましたし」
「でも、それだと『すぐ』に出来ないぞ? まあ、時間はたっぷりあるといや、あるんだが」
 渚は少し慌てた様子で周囲の店を見回し、飲食店を指差した。
「ファ、ファーストフードか、喫茶店で済ませませんか?」
「あんまり食べると差し障りがあるからな。軽い物で済ませようか」
 苦笑しながら、清澄は渚の指差したハンバーガーショップを目指した。
 清澄は注文を済ませ商品を受け取ると、渚の鞄が置いてある二人用の席に腰掛けた。
 少し待つと、なぎさが戻って来た。どうやら、トイレだったらしい。
「さて、さっさと済ませようか」
「ですね」
 二人とも、ハンバーガー一つにドリンクのみ。
「そういえば」
「うん?」
「先輩の家は、どういう口実を作ったんです?」
「娘がいる家庭と違って、外泊ぐらいで騒がないんだよ。ちゃんと友達の家に泊まるって言っとけば、全然心配なんてしないんだ」
「いいですね、そういうの」
「こういう場合、大いに助かるね。とりあえず騒ぎまくるから、帰りは月曜の朝って言っといた」
「ギリギリいっぱいまでですね」
「後始末を、渚一人にさせる訳にはいかないだろ」
 清澄は、渚の頭にポンと手を置いた。
「ありがとうございます」
「何を他人行儀な」
「これが地ですから」
 適当に雑談をして、店を出た。
 山住家に向かう。
「今更だが、ルールは分かってるよな」
 商店街を抜け、住宅街を歩きながら清澄が尋ねた。
「はい。リクエストは交代で」
「思った事は包み隠さず。願望は正直に告白する。互いに遠慮は無用」
「はい……」
 渚が、自分の胸を押さえた。少し頬が紅潮しているようだった。
「本当に何をリクエストしても、いいんですよね?」
 清澄を見上げる渚の目は、キラキラと輝いていた。
 それがまるで、クリスマスのプレゼントを楽しみにする子供みたいだったので、清澄は苦笑を浮かべた。
「ああ。ただし、相手が本気で拒否したらキャンセル。でも、可能な限りそれは避けような?」
「分かっています」
「朝、渡した薬は?」
「飲みました。これで、大丈夫なんですか?」
「ああ。いくらやっても大丈夫らしい。もっとも、本当に大丈夫かどうかは、先輩の言葉を信じるしかないんだけどな」
「そうですね」
「まあ、そういうのはまだ、俺達には早いからな」
 想像し、渚が赤面した。
「は、はい……あ」
「どうした?」
「どっちが先にリクエストするか、決めてません」
「……そういや、そうだな。うん、そりゃ重要だ」
「とりあえず、ジャンケンで決めます?」
「だな」
 清澄と渚は顔を見合わせ、同時に手を出した。
 清澄はチョキ。
 渚はパー。
「ふむ。まずは、俺からか」
「はい。あ、あの家です」
 渚が指差したのは、裕福そうな一軒家だった。
 庭付きの二階建てで、柵で囲まれている。
 生垣は清澄の視界をやや塞ぐが、その気になれば覗けない事もない。
「って、空き巣をする訳じゃあるまいし」
「どうしたんですか?」
「渚、寒いの平気か?」
「好きじゃないですけど、苦手というほどじゃありません」
「そうか、そりゃよかった。それにしても、いい所に住んでるな」
「較べた事がないので、分からないですけど……。先輩は、どういう家に住んでるんですか?」
 清澄は口をつぐんだ。
 山住家を見上げながら、呟く。
「……なるほど、確かに言われてみなきゃ分からないな」
「はい?」
「うちは武家屋敷なんだ」
「……」
 唖然として歩くのを忘れた、という風に渚の足が止まった。
 スタスタと歩く清澄を、慌てた渚が早足で追いつき追い抜く。
「鍵、開けますね」
 ポケットから鍵を取り出す。
「ああ。入ったところから、スタートだからな」
「はい」
 扉が開き、先に玄関に足を踏み入れた渚が微笑みながら振り返った。
「山住家へようこそ、先輩」


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